朝日新聞フォーラム「赤ちゃん泣きやまない時」の何が問題か

朝日新聞2020年7月19日版(大阪本社)に「フォーラム・赤ちゃん泣きやまない時」というオピニオン欄一面を使った記事(以下、「フォーラム記事」)が掲載されました。その記事内容には、正直なところ驚かされました。いわゆるSBS/AHT仮説を主導してこられた医師4名の顔写真付きのコメントが並び、そのご主張が全面展開されていたのです。確かに、私自身は、朝日新聞社にも編集権があり、そのような立場の方の意見だけが掲載されることは、それだけで不公平だとは思っていません(もっとも、私もこれまで様々な形で報道被害に遭われた方を数多く知っており、このようなことを書くと、甘いとご批判を受けるかもしれません)。また、記事やそのコメントの中には、私たちが行ってきた批判を意識した部分も見られ、直ちに一方的な記事とは言えないと思います。しかし、これらの記事やコメントの内容は、相当問題だと言わざるを得ません。いくつか例を挙げましょう。

 まず、NPO法人チャイルドファーストジャパンの山田不二子理事長のコメントです。

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厚労省からの「回答」-官僚答弁とはこのことか…

先のブログで触れたとおり、当プロジェクトは、厚労省の「令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業」の調査研究課題32「児童相談所における虐待による乳幼児頭部外傷事案への対応に関する調査研究」の公募に対し、2020年5月25日付で厚労省に対し、疑問点や問題点を指摘した上で、これらの指摘への回答を求める申入書を発送しました【申入書の本文はこちら】。しかし、1か月経っても回答はなく、窓口となっている少子化総合対策室に電話をして回答について確認してみました。2回ほど担当者不在とのことでつながらず、ようやく最初の電話から6日後、3回目の電話で担当者と話すことできました。その担当者のお話には、少し驚かされました。

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関西テレビのSBSをめぐる検証報道がギャラクシー賞に入賞

SBS/AHTの問題を2017年から取材してきた関西テレビのSBSをめぐる一連の検証報道が、優れた放送番組に贈られるギャラクシー賞「報道活動部門」に入賞しました

選評は「揺さぶられっ子症候群(SBS)との診断による冤罪の可能性をいち早く指摘。加害者とされた側に加え、児童虐待の専門家らも取材し、冤罪と虐待をなくすという二つの正義が衝突する問題の構造を明示した優れた調査報道だ」としています。

関西テレビの2019年制作のドキュメンタリ「裁かれる正義」は坂田記念ジャーナリズム賞を、2018年制作のドキュメンタリ「二つの正義」は日本民間放送連盟(民放連)賞を受賞しています。

医療判例解説(2020年6月号)にSBS特集が掲載されました-真の専門家は?

主に医療関係者向けに裁判例を解説する医療判例解説2020年6月号(通巻第086号)の特集(医事法令社)として「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」が取り上げられました。笹倉香奈教授の解説「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)とその歴史」とともに、このブログでも繰り返し触れてきた大阪高裁令和元年10月25日判決と同令和2年2月6日判決の詳細な解説を加えたものです。特に、朴永銖医師(奈良県立医科大学・脳神経外科准教授)による令和2年2月6日判決についての解説(同事件での検察側医師証人の証言の問題点はこちら)は、頭部外傷の専門医によるSBS無罪事件についての初めての解説だと思われます。

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厚労省の令和2年度「調査研究事業」公募への疑問と申入れ

厚労省の行う「令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業」の中の調査研究課題32として、「児童相談所における虐待による乳幼児頭部外傷事案への対応に関する調査研究」なるものが公募されました。公募内容をお読みいただけるとお判りいただけるかと思いますが、かなりの問題がある内容です。

公募開始は4月30日、わずか1か月の公募期間でした。5月29日(金)が締め切りです。これで、調査研究の応募に向けた検討を行う時間があるのでしょうか。

さらに、公募内容には、SBS仮説を前提とするかのような記載もあります。近年指摘されているような、SBS仮説やSBSの診断基準、特に虐待の誤認のリスクといった問題点が研究の対象となるのか、大いに疑問です。

そこで、当プロジェクトは5月25日付で厚労省に対し、疑問点や問題点を指摘するともに、これらの指摘への回答を求める申入書を発送しました。【申入書の本文をこちらでお読みいただけます

厚労省が編集した「子ども虐待対応の手引き(平成25年8月改正版)」におけるSBSに関する記述には様々な問題点があります。この調査研究事業は、「手引き」の改訂につながる基礎調査研究でもあると思われます。SBS仮説の問題点も含めた幅広い視点からの研究が行われることが不可欠です。厚労省には、科学的な視点からの研究を行うよう、求めていきます。

SBS検証プロジェクト共同代表 笹倉香奈・秋田真志

解説「SBS/AHTについてのかみ合った議論のために―AHT共同声明を中心に」を公開しました。

このブログ開設以来、SBS検証プロジェクトは、約2年半の間に多くの発信をしてきました。これまでの発信のうち、特に「AHT共同声明」の問題点について、1つにまとめた解説「SBS/AHTについてのかみ合った議論のために―AHT共同声明を中心に」SBS検証プロジェクトのホームページで公開しました。是非ご一読ください。→こちら

低位落下・転倒をめぐる勘違い-「まれ」と「起こらない」の混同

 保護者が低位の落下やつかまりだちからの転倒であると訴えている事案で、虐待通告をされた事件のカルテ記載を見たり、保護者からの話をお聞きしたりして、驚かされることがあります。医師が、低位落下や転倒ではこのような重篤な症状は「起こらない」と断定的に述べておられることがあるのです。以前にもこのブログで触れたことがあるのですが、重要なポイントなので再度述べておきたいと思います。

 確かに「乳幼児の転倒で頭骨内に重大な傷を負うこと」自体の確率が高いとは言えないでしょう。しかし、確率は低くても、硬膜下血腫や眼底出血は、低位落下や転倒でも一定の頻度で起こっていますし、そのうち一定の割合で重症化し、時として致死的となることは、繰り返し報告されているのです。 AHT共同声明でも、「極めてまれ」とは言いつつ「まれには起こる」ことを認めています(Review of the extensive literature informs us that mortality from short falls is extremely rare)。「まれ」と「起こらない」を混同することは、明らかな誤りです。このような勘違いは、低位落下や転倒の危険性を過小評価することにつながりかねず、かえって危険です。その認識を速やかに改めていただく必要があります。この点を検証してみましょう。

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関西テレビのザ・ドキュメント「裁かれる正義」が坂田記念ジャーナリズム賞を受賞!

 2019年11月に放映された関西テレビのザ・ドキュメント「裁かれる正義 検証・揺さぶられっ子症候群」が坂田記念ジャーナリズム賞(第1部門 スクープ・企画報道)を受賞したそうです。

 「裁かれる正義」は、山内事件を逆転無罪判決にいたるまでの2年にわたって取材したドキュメンタリです。「検証・揺さぶられっ子症候群」の一作目である「ふたつの正義」も、2018年日本民間放送連盟賞のテレビ部門優秀賞およびFNSドキュメンタリー大賞特別賞を受賞しています。

 SBSをめぐる新たな問題を丁寧に追った取材の成果といえるでしょう。

 「ふたつの正義」「裁かれる正義」を取材した上田大輔ディレクターは、その後もこの問題について継続的に取材されています。

【山内事件報告会】動画を公開しました

報告会を共催した「龍谷大学犯罪学研究センター科学鑑定ユニット」が、弁護団報告を中心とした動画を公開しました。→ こちら

報告会は、弁護団報告と、山内さんのインタビュー映像の二つを中心に行われましたが、今回公開されたのは、弁護団報告及び笹倉共同代表による閉会挨拶のダイジェスト版(合計約30分)です。「無実の祖母はなぜ『犯人』にされたのか」が、明快に伝わる内容になっています。報告会が提示した課題に対する皆様からのご意見、ご感想をお待ちしております。

このように、SBS検証プロジェクトは様々な立場の方との議論が必要であると考え、そのために場を設け、機会があるごとに見解を明らかにしてきました。一方的な宣言や対立に陥ることを避けるべく、今後も議論の機会を提供していきたいと思っています。

動画からは、SBS仮説による冤罪が、医学的な問題だけでなく、日本の刑事司法が抱えてきた多くの問題によりもたらされたものである事もお分かりいただけると思います。冤罪被害者の皆さんやご家族が、その味わった苦痛も癒えぬままに、過去の冤罪被害者や将来の冤罪被害者のために声を上げ、つらい体験を共有して下さっていることに敬意を表します。

厚労省『子ども虐待対応の手引き』は、なぜ「揺さぶりありき」なのか

 2013年に改訂された厚生労働省の『虐待対応の手引き』は、児童相談所などの虐待対応の現場で使われている指導的で重要な文書であるとされています。

 『手引き』は「乳幼児揺さぶられ症候群(シェイクン・ベビー・シンドローム)が疑われる場合の 対応 」についても数ページを割いて説明しています。次のようにいいます。

 「SBSの診断には、①硬膜下血腫またはくも膜下出血 ②眼底出血 ③脳浮腫などの脳実質損傷の3主徴が上げられ〔る〕。……出血傾向のある疾患や一部の代謝性疾患や明らかな交通事故を除き、90cm以下からの転落や転倒で硬膜下血腫が起きることは殆どないと言われている。したがって、家庭内の転倒・転落を主訴にしたり、受傷起点不明で硬膜下血腫を負った乳幼児が受診した場合は、必ずSBSを第一に考えなければならない」(『手引き』265ページ)

 「出血傾向がない乳幼児の硬膜下血腫は3メートル以上からの転落や交通外傷でなければ起きることは非常に希である。したがって、そのような既往がなければ、まず虐待を考える必要がある。特に……乳幼児揺さぶられ症候群を意識して精査する必要がある」(同314ページ)〔下線は引用者〕

 『手引き』を読むと、硬膜下血腫等がある場合には、まず虐待を疑わなければならないという記述がなされていることが分かります。しかし、実は、『手引き』改訂の際の「原案」では、全く異なる記述がなされていたことが、関西テレビの上田大輔記者の取材によって明らかになりました。

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