なぜ議論がすれ違う?-”わからない”ことはわからない

SBS検証プロジェクトを立ち上げて以来、さまざまなご意見をいただく機会が増えました。少なくとも「三徴候があれば、3メートル以上の落下や交通事故などのエピソードがなければ、自白がなくとも原則として揺さぶりだと判断してよい」などという乱暴な議論はなされなくなってきたように思えます(いまなお、厚労省のマニュアル「子ども虐待対応の手引き(平成25 年8月 改正版)」の同旨の記述は修正されていませんが)。私たちの検証の呼びかけによって、一歩ずつでも議論が深化していくことは喜ばしいことです。私たちの検証の呼びかけに対し、ご批判の声も聞こえてきます。もちろん、私たちの表明する見解が、常に正しいなどと言う考えはありません。ただ、残念ながら、それらご批判の中には、私たちの見解とかみ合っていないと言わざるを得ないものが多く含まれているようです。

その典型例が、「虐待する親を擁護するのか」「虐待を放置してよいのか」というものです。私たちは、「虐待」を擁護する見解を述べたことはありません。「虐待したかどうかの判断」が、十分な医学的・科学的根拠に基づいてなされているかどうかを問題にしているのです。そして、少なくとも従来のSBS仮説に基づく限り、誤った判断がなされるリスクが高いと考えています。このリスクの高低には議論の余地があり、評価の分かれるところでしょう。しかし、その議論をすることは、決して「虐待を擁護する」ことではありません。

もちろん、医学・科学が万能ではない以上、「虐待したかどうか」が不明な場合は残ります。その不明な場合にどのようなアプローチがなされるべきかは、非常に難しい問題です。それこそ今後も真剣な議論を続けていかなければならないでしょう。ただ、その際に気をつけなければいけないのは、「虐待が放置されること」の深刻さと同時に「誤って虐待であると判断されること」の深刻さです。SBS仮説に基づいて虐待認定を主導して来られた方々は、「十分な医学的根拠に基づき、慎重に判断してきた」と主張されるのでしょうが、その点については私たちには異論があります。医学的・科学的根拠は揺らいでおり、その判断は危ういものだと主張します。しかし、私たちの異論は、決して虐待を擁護するものではありません。かみ合った議論をお願いしたいのです。

続きを読む

大阪地裁、SBS事例で無罪判決!

2018年11月20日、大阪地裁第6刑事部(裁判長大寄淳、海瀬弘章裁判官、藤崎彩菜裁判官)は、SBS仮説に基づき、生後1カ月半の赤ちゃん(男の子)を揺さぶって死亡させたとして、傷害致死罪に問われた父親に対し、無罪判決を言い渡しました(裁判員裁判)。

いくつかの争点がありましたが、最大の争点は、赤ちゃんに生じていた急性硬膜下血腫及びくも膜下血腫、左右多発性眼底出血、そして脳浮腫という三徴候から、その原因が父親による「揺さぶり」と言えるかです。検察側の小児科医師は、「赤ちゃんの硬膜下血腫は同時多発的に複数の架橋静脈が切れたことによって生じたと考えられ…落下等による打撲によって受傷した可能性は考え難く、揺さぶりによって受傷した可能性が高い」と証言しました。しかし判決は、弁護側で証人に立った脳神経外科医が「左後頭部付近の打撲によっても、赤ちゃんの脳の複数の出血は説明可能である」と証言したことなどを踏まえて、赤ちゃんの「体表に明らかな打撲痕がないことを十分考慮に入れても、揺さぶり以外の、脳に回転力が加わるような何らかの方法で頭部を打撲したことにより、本件のような脳の損傷が生じた可能性を否定することはできない」としました。慎重な言い回しですが、低位落下等の事故でも生じ得ることを指摘したもので、とにかく「揺さぶり」と決めつけようとするSBS仮説に対し、警鐘を鳴らす判断と言えそうです。

ちなみに、当該小児科医は別の事件でも「揺さぶりによって同時多発的に複数の架橋静脈が切れた」という証言をしています。しかし、筆者の知る複数の脳神経外科医は、この説明を「脳神経外科医の臨床経験からみてあり得ない」と強く批判しています。

また判決は、びまん性軸索損傷についても、重要な判断を示しています。

続きを読む

アメリカで相次ぐSBS仮説を見直す裁判例

すでにお伝えしたニュージャージー州の無罪判決オハイオ州控訴審の有罪判決破棄判決以外にも、アメリカでSBS仮説の見直しを迫る裁判例が相次いでいます。

2018426日、テネシー州の少年裁判所は、生後6カ月の女児に三徴候(硬膜下血腫、眼底出血、びまん性軸索損傷=DAI)が認められたという専門家の鑑定によって、若い両親(18歳以下)による虐待が疑われた事例について、児童保護当局による親子分離の申立を却下しました。この裁判では、両親側の専門家が、当局側専門家の鑑定について、びまん性軸索損傷は認められず、硬膜下血腫も血栓静脈の見間違いの可能性があるなどと指摘しました。日本でも、近時一部の小児科医らが、裁判において、脳浮腫の原因を医学的な証拠がないにもかかわらず広範な脳実質損傷があると決めつける例が多く見られます。大変参考になる裁判例です。少年裁判所は、当局側専門家の鑑定に疑問を呈するとともに、両親による養育に問題がなかったことなども指摘し、虐待について明白で説得的な証拠はないとして、児童保護当局の申立を却下したのです。

他にも多くの裁判例がでています。 続きを読む

アメリカ オハイオ州でSBS有罪判決を破棄~医師の役割は?

2018年8月17日のニュージャージー州での無罪判決に引き続いて、アメリカ オハイオ州の控訴審裁判所が、2018年10月5日、一審の陪審有罪判決を破棄し、再審理を命じました(IN THE COURT OF APPEALS OF OHIO SIXTH APPELLATE DISTRICT SANDUSKY COUNTY/State of Ohio v. Chantal N. Thoss /Court of Appeals No. S-16-043 Trial Court No. 15 CR 57)。

オハイオの事件は、生後6カ月の赤ちゃんのベビーシッターが、オムツを替えようとしてソファに赤ちゃんを置いて、少しその場を離れたところ、赤ちゃんがソファから落下した後、急変したというものでした。日本でも同じような低位落下が問題となっている裁判が、何件も係属しています。

一審の検察側証人だった小児科医は、事件当日に「赤ちゃんの症状は揺さぶりによるもので、被告人がその犯人だ」と決めつけていました。典型的なSBS仮説による意見です。その小児科医の意見を鵜呑みにした捜査機関は、揺さぶりを否定するベビーシッターの供述を無視し、その小児科医の意見のみを根拠に、ベビーシッターを起訴したのです。

実は、その赤ちゃんの初期治療に当たった救命医たちは、虐待の証拠はないと判断していました。検察側小児科医のみが、虐待だと決めつけていたのです。しかも検察側小児科医は、赤ちゃんに古い慢性血腫があることを無視していました。頭蓋内に古い血腫があった場合には、軽微な衝撃で再出血を生じてしまうリスクが高くなることはよく知られています。

一審の陪審は、この小児科医の証言を信じて有罪とされ、ベビーシッターは禁錮8年を言い渡されてしまいました。しかし、控訴審は、小児科医が赤ちゃんの古い血腫を無視しているのは不合理であること、ベビーシッターに動機はなく、その供述が信用できること、他にベビーシッターによる虐待の痕跡が全くないことなどを重視し、陪審の証拠判断は明白な誤りであるとしたのです。日本の裁判でも参考になる判断です。

なお、判決は、弁護側の専門家証人が、赤ちゃんの症状だけから虐待を受けたと判断されたことは驚きであるとし、「医師の役割は、傷害を解釈し、情報を捜査官に与えて補助することであっても、捜査官となって犯人が誰かを特定することではない」との証言部分を詳細に引用しています。その引用の背景には、検察側小児科医の証言が、医師としての領域を明らかに超越してしまっているという判断があったものと思われます。

ちなみに、この小児科医は、別の事件で、保育施設で3歳児の転倒による大腿骨折を虐待だと決めつけた意見書を提出しました。この小児科医は、州のために虐待事案の調査に協力し、意見書を提供する契約をしていたのです。その意見書のために、保育担当者は、解雇され、起訴されてしまいました。しかし、その事件は弁護側専門家証人が、小児科医の意見書には多くの誤りがあると指摘したことから、検察が起訴を取下げたのです。現在、保育担当者は、その小児科医師を相手に損害賠償の裁判を提起しています。

捜査機関に協力する医師の役割やその意見の在り方については、様々な問題がありますが、日本でも今後真剣な検討が必要であることは間違いありません。

親子分離をめぐる混乱~赤ちゃんが頭を打ったどうしよう!?

以前ご紹介した西本博、藤原一枝著「赤ちゃんが頭を打ったどうしよう!?~虐待を疑われないために知っておきたいこと」は、本文63頁、大変読みやすく、お勧めです。それでいて、専門的な問題点もちゃんと押さえて、わかりやすく解説しています。

特に、3章「入院した乳幼児急性硬膜下血腫の6つのケース〈軽症から重症まで〉」は漫画を駆使して、6つの症例がわかりやすく紹介されています。医師や児童相談所の対応が様々で一貫していないことがよく分かります。親子分離の是非や方法をめぐって、現場は混乱していると言えるのではないでしょうか。

この本は、赤ちゃんをもつ養育者の方々だけでなく、医師や児童相談所の現場の人にも読んでいただき、よりよい対応を考える参考にしてもらいたいものです。

ニュージャージー州でのSBS無罪判決

2018年8月17日、ニューヨークのお隣にあるニュージャージー州の重罪裁判所(Superior Court 日本での地方裁判所にあたります)が、SBS事案で虐待を疑われた父親に対し、無罪判決を言い渡しました。

この裁判では、検察側の専門家証人と弁護側の専門家証人がそれぞれ証言し、SBS仮説の信頼性や、状態がおかしくなった赤ちゃんを揺さぶったり、お尻を強めに叩いたという父親の「自白?」をどう評価するかが問題になりました。 続きを読む

「赤ちゃんが頭を打った、どうしよう!?」刊行

このブログでもご紹介してきた脳神経外科医の藤原一枝先生が、小児頭部外傷の第一人者の西本博先生とともに、「赤ちゃんが頭を打った、どうしよう!?」(岩崎書店)を刊行されました。帯には「まちがった診断で増える冤罪!小児脳神経外科の医師たちが立ち上がって緊急出版!」とあります。これまでのSBSの議論に大きな一石を投じることは間違いありません。是非ご一読下さい。

柳原三佳さん 現代ビジネスの記事「無実の親が刑務所に送られようとしている」

ジャーナリスト柳原三佳さんの新たな記事です。

「無実の親が刑務所に送られようとしている」ある学者たちの訴え

SBS検証プロジェクト共同代表笹倉香奈教授のインタビューがメインです。是非お読みください。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54698

柳原三佳さんのヤフー記事「事故か、虐待か?」

ノンフィクション作家 柳原三佳さんがヤフーニュースに記事「事故か、虐待か?『乳幼児揺さぶられ症候群』めぐり、分かれる医師の見解」を発表されました。

https://news.yahoo.co.jp/byline/yanagiharamika/20180309-00082482/

当プロジェクトのほか、龍谷大学犯罪研究センター主催のシンポの詳細な紹介や、医師たちの議論状況についても触れられています。是非ご一読ください。