Category Archives: SBS検証プロジェクト

また、かみ合わない議論が…田中嘉寿子大阪高検検事の論文の何が問題か?

このブログで、酒井邦彦元高松高検検事長が当プロジェクトに言及した論文の問題点を5回に分けて詳しく指摘しました((1) (2) (3) (4) (5))。今度は、現役の検察官である田中嘉寿子大阪高検検事が、「警察學論集」という警察官向けの雑誌において、当プロジェクトを名指しで批判する論文(「虐待による頭部外傷(AHT)事件の基礎知識(上)」警察學論集73巻8号106頁・立花書房/2020年。以下、「田中論文」)を発表しました。田中検事は、同じ立花書房から「性犯罪・児童虐待捜査ハンドブック」(2014年)を出版していますので、検察庁内で、児童虐待事件の捜査を主導してきた立場と言えるでしょう。当プロジェクトの活動が、検察庁に強く意識されていることが窺えます(もっとも、田中論文は「本稿は、当職の私見であり、検察庁の公式見解ではないことをお断りしておく」としています)。しかし、酒井論文と同様、田中論文は、非常に残念な内容と言わざるを得ません。いくつか、その問題点を明らかにしましょう。

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朝日新聞「赤ちゃん、泣きやまない時」の問題点 その2

 すでに秋田弁護士が詳細な反論を書いていますが、2020年7月19日の朝日新聞・朝刊オピニオン面記事「(フォーラム)赤ちゃん、泣きやまない時」には、様々な疑問があります。私からも、いくつか指摘しておきたいと思います。

 第一に、SBS/AHT記事をめぐる論争の争点がどこにあるのかを、本特集記事は理解して組まれていないように思います。虐待により頭部に外傷を負う子どもがいるということには争いがありません。私たちが一貫して申し上げているのは、それを「三徴候」などで診断することに科学的根拠があるのかどうかという点、「三徴候だけでなく慎重な診断をしている」と言われますが、その診断は一体どのように行われているのか、本当に慎重な診断が行われているのか、という点です。そして「わからない」ことを「わからない」と認め、これまでの誤った診断に真摯に向き合った議論をすべきではないかということです。

 本記事は、AHTの問題について「科学的に何がいえるのか」ではなく、アンケート調査の結果などから「揺さぶりによる虐待がありうる」ことを述べるのみです。しかし、これは議論の本質を捉えたものではありません(なお、本特集記事のフォーラムアンケートには、実際に「揺さぶった」という回答はありません。また、藤原医師の研究も「揺さぶった」がどの程度のものか、揺さぶりによって三徴候等が生じたのかについても言及はありません)。

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厚労省からの「回答」-官僚答弁とはこのことか…

先のブログで触れたとおり、当プロジェクトは、厚労省の「令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業」の調査研究課題32「児童相談所における虐待による乳幼児頭部外傷事案への対応に関する調査研究」の公募に対し、2020年5月25日付で厚労省に対し、疑問点や問題点を指摘した上で、これらの指摘への回答を求める申入書を発送しました【申入書の本文はこちら】。しかし、1か月経っても回答はなく、窓口となっている少子化総合対策室に電話をして回答について確認してみました。2回ほど担当者不在とのことでつながらず、ようやく最初の電話から6日後、3回目の電話で担当者と話すことできました。その担当者のお話には、少し驚かされました。

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厚労省の令和2年度「調査研究事業」公募への疑問と申入れ

厚労省の行う「令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業」の中の調査研究課題32として、「児童相談所における虐待による乳幼児頭部外傷事案への対応に関する調査研究」なるものが公募されました。公募内容をお読みいただけるとお判りいただけるかと思いますが、かなりの問題がある内容です。

公募開始は4月30日、わずか1か月の公募期間でした。5月29日(金)が締め切りです。これで、調査研究の応募に向けた検討を行う時間があるのでしょうか。

さらに、公募内容には、SBS仮説を前提とするかのような記載もあります。近年指摘されているような、SBS仮説やSBSの診断基準、特に虐待の誤認のリスクといった問題点が研究の対象となるのか、大いに疑問です。

そこで、当プロジェクトは5月25日付で厚労省に対し、疑問点や問題点を指摘するともに、これらの指摘への回答を求める申入書を発送しました。【申入書の本文をこちらでお読みいただけます

厚労省が編集した「子ども虐待対応の手引き(平成25年8月改正版)」におけるSBSに関する記述には様々な問題点があります。この調査研究事業は、「手引き」の改訂につながる基礎調査研究でもあると思われます。SBS仮説の問題点も含めた幅広い視点からの研究が行われることが不可欠です。厚労省には、科学的な視点からの研究を行うよう、求めていきます。

SBS検証プロジェクト共同代表 笹倉香奈・秋田真志

解説「SBS/AHTについてのかみ合った議論のために―AHT共同声明を中心に」を公開しました。

このブログ開設以来、SBS検証プロジェクトは、約2年半の間に多くの発信をしてきました。これまでの発信のうち、特に「AHT共同声明」の問題点について、1つにまとめた解説「SBS/AHTについてのかみ合った議論のために―AHT共同声明を中心に」SBS検証プロジェクトのホームページで公開しました。是非ご一読ください。→こちら

「AHT共同声明」の再検討(酒井邦彦元高検検事長の論文について(5))

 このブログでもすでに何度か指摘してきたとおり、2020年2月発行の『研修』誌・860号17ページに掲載された酒井邦彦「子ども虐待防止を巡る司法の試練と挑戦(1)(全3回)」は、「最近のAHTに関する内外における進展」の存在を指摘し、「どういうわけかSBS検証プロジェクトでは紹介されていない、『乳幼児の虐待による頭部外傷に関する共同声明』を紹介します」(下線は引用者)と述べた上で、この声明は「吐瀉物の誤嚥による窒息がAHTと同様の所見を呈するという主張など、SBSの反論として挙げられる多くの他の原因について、信頼できる医学的な証拠はないなどとしています」 と記述します。

 SBS検証プロジェクトは、これまでもAHT共同声明の全文を翻訳するとともに、その内容について検討(1, 2, 3, 4) してきました。2019年2月のシンポジウムではAHT共同声明について掘り下げて議論しました。したがって酒井論文の認識はそもそも誤っているのですが、本投稿ではさらに、酒井論文が重視しているAHT共同声明がどのような意図で出された文書なのかを明らかにしようと思います。

 結論からいうと、AHT共同声明は、刑事裁判に対して影響を与えるために出された、きわめて政治的な色彩の強い文書です。

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ドーバート基準をめぐる論争-議論の本質を見極めた上で(酒井邦彦元検事長の論文について(4))

このブログで何回か触れた酒井邦彦元高検検事長の論文ですが、その(2)が公表されました(酒井邦彦「子ども虐待防止を巡る 司法の試練と挑戦(2)(全3回)」研修(令和2.3,第861号)13頁。以下、前回の論文を「酒井論文1」、今回の論文を「酒井論文2」といいます)。酒井論文2は、直接SBS/AHTを問題としたものではありませんが、「補遣」の形で、酒井論文1で触れられていた大阪地裁平成30年3月13日判決について、大阪高裁で逆転無罪判決が言い渡されたことを補足されました(もっとも、検察庁が上告をしたというだけで、その中味についてはコメントされていません)。あるいは、酒井元検事長は、このブログをご覧いただいたのかもしれません。もし、ご覧いただいたのであれば、「どういうわけかSBS検証プロジェクトでは紹介されていない、『乳幼児の虐待による頭部外傷に関する共同声明』を紹介します」 (下線は引用者) との一文についても訂正をいただきたかったところですが(当プロジェクトは、AHT共同声明について繰り返し述べています)、その点は措きましょう。その代わりという訳ではないのでしょうが、「補遣」の2点目として、「アメリカ連邦地方裁判所ニューメキシコ地区判決(ママ)」(下線は引用者)について、詳しく言及しておられます。調べて見ると、酒井元検事長が指摘されるように、2019年12月5日にニューメキシコ州の連邦地裁の裁判官が、弁護側専門家証人について意見を述べるとともに、これを証拠から排除する決定(Memorandum opinion and order on the United States’ motion in Limine for Daubert ruling regarding the admissible and scope of defendant’s proposed expert testimony/The United States District Court for the District of New Mexico No. 1:14-cr-3762-WJ)をしていたようです(以下、この決定を「NM排除決定」とします)。アメリカのSBS仮説に基づく啓蒙団体「The National Center on Shaken Baby Syndrome」のホームページに掲載されていました。酒井論文2に接するまで、このNM排除決定のことは知りませんでしたので、このような情報を提供いただけることはありがたいことです。ただ、気をつけなければならないのは、アメリカの裁判例では、逆にSBS仮説こそが、ドーバート基準を充足していないという判断が、これまで複数出されていることです。酒井論文2だけを読むと、あたかもNM排除決定の判断が、アメリカでの裁判の趨勢であるかのように思われるかもしれませんが、決してそうではないのです。少し詳しく見てみましょう。

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ウェイニー・スクワイア博士への誤った批判(酒井邦彦元高検検事長の論文について(2))

 2020年2月発行の『研修』誌・860号17ページに掲載された酒井邦彦「子ども虐待防止を巡る司法の試練と挑戦(1)(全3回)」には、1日のブログ記事において秋田弁護士が指摘したような様々な問題点があります。

 数回にわたってその問題点を指摘していきますが、本日は、同論文25ページにある以下の記述について検討したいと思います。記述部分は短いのですが、同様の言及が他の論稿や法廷などでも見られますので、指摘が必要だと考えています。

 酒井論文は、大阪高裁令和元年10月25日判決を批判する文脈で、静脈洞血栓症という病気の場合には急激に意識障害等を発症したという報告例がないという検察側のM医師の証言を判決が採用しなかったことを問題視します。

 そして、同判決について、「イギリスで証言の信用性がないことから控訴院判決で3年間の証言停止処分を受けた医師の論文に依拠した上、『起こり得ない経過と断定する点は、必ずしも信用できない』としています。しかし、このような主張、立証は、ドーバート基準〔引用者注:アメリカの連邦裁判所における科学的証拠の許容性基準〕の下では、到底許容されるものではなく、もし基準を適用していれば、イギリスの医師の論文が採用され、判決の理由に挙げられることもなかったはずで、……より科学的、客観的に証言の信用性評価が行われていたら、判決の結論は異なったものになった可能性があったのではないかと思います」といいます(下線は引用者)。

 酒井論文におけるドーバート基準の理解については別途検討する必要がありますが、ここでは、この下線部分について解説します。

 酒井論文がここであげている「イギリスの医師」は、ウェイニー・スクワイア博士(Dr. Waney Squier)のことを指していると思われます。オクスフォード・ラドクリフ病院の医師(小児神経病理学)であったスクワイア博士は、2018年・2019年にも来日し、SBS検証プロジェクトが共催したSBSを検証するシンポジウムなどでも基調講演されました。そのときの講演録は、こちら(中央の「本文・要約」ボタンをクリックして下さい。なお、環境によっては全文が表示されないことがありますので、ご了承ください)で読むことができます。

 スクワイア博士は、もともと SBS理論の支持者でしたが、研究を進める中で同理論に疑念を持ち、2000年代中ごろ以降、同理論を批判的に検証する論文を多数執筆しておられます。

 スクワイア博士に対しては、酒井論文以外にも 「『科学的偏見を助長させた専門家』として、総合医療評議会(GMC)に医師免許剥奪が申し立てられることとなった。結局……医師免許は維持されたものの、今後三年間、専門家証人となることを禁じられることとなった 」( 溝口史剛「訳者による解説」ロバート・リース(溝口史剛訳)『SBS:乳幼児揺さぶられ症候群』(金剛出版、2019年)348頁) )などの批判が向けられ、最近はSBS/AHT事件の法廷等においても、検察官や検察側証人から同様の言及が行われています。

 上記の酒井論文や溝口解説だけを読むと、あたかもスクワイア博士が 問題のある医師であるかのような印象を抱きかねません。本当にそうなのでしょうか。結論から言えば、不十分かつ不正確な理解による偏見と言うべきです。

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十分な理解の上での批判を-かみ合った議論のために(酒井邦彦元高検検事長の論文について(1))

SBS/AHTをめぐる無罪判決が相次ぐ中、これまでの私たちの発信に対し、反発するような議論も見られるようになりました。海外でも同じような傾向にあり、そのこと自体は予想されたところです。ただ、その中には、非常に影響力をお持ちの方が、私たちの議論に十分なご理解のないままとしか思えない批判をされている例も見受けられ、非常に残念に感じることがあります。誌友会という法務総合研修所関連の機関が主に検察官向けの研修用雑誌として編集している、その名も「研修」という法学誌に、「元広島高等検察庁・高松高等検察庁検事長」の肩書で、酒井邦彦弁護士が、「子ども虐待防止を巡る司法の試練と挑戦(1)(全3回)」と題する論文を寄稿されています(「研修」令和2年2月号(No.860)17頁。以下、「酒井論文」といいます)。そこでは、SBSをめぐる議論や、私たちSBS検証プロジェクトについても触れていただいているのですが、その内容も、そのような残念な論稿の1つです。この論文は、「一般社団法人日本こども虐待防止学会『子どもの虐待とネグレクト』第21巻第3号より一部加筆・修正の上、掲載」という断り書きがあることや、堅い法学雑誌であるにもかかわらず「です・ます調」で書かれていることからすると、日本子ども虐待防止学会での酒井弁護士の講演原稿か、反訳を利用されたのではないかとも推測されます。いずれにしても、虐待問題に取り組んでおられる多くの医師の方々がこの論文と同趣旨の内容を読んだり、聞かれたりした可能性が高いと思われます。その意味でも、非常に影響力が大きいと思われますので、酒井論文の問題点について、いくつかの点を触れておきたいと思います。

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国外からも注目されるSBS検証プロジェクトの活動

相次ぐSBS無罪判決が海外でも注目を集めており、笹倉共同代表がいち早く英文でアップした判決要旨(Osaka High Court clears grandmother in a SBS case, Three More Not-Guilty Verdicts in SBS Cases!)は日本以外からのアクセス数を着実に伸ばしています。海外の専門家からは温かいメッセージが届くとともに、SBS検証プロジェクト(SRP)の活動についてインタビューの申し込みが複数ありました。そのうち、2月27日に行われたニューイングランド・イノセンス・プロジェクトとのSkypeミーティングの様子をお届けします。

アメリカマサチューセッツ州ボストンに本拠地を置くニューイングランド・イノセンス・プロジェクト(NEIP)は、冤罪の救済と予防を目的として2000年に設立されました。

ミーティングには、NEIP代表のRadha Natarajan氏のほか、Laura Carey氏、Cynthia Mousseau氏、Brandon Scheck氏が参加し、SRPからは秋田弁護士、笹倉教授の両共同代表と、古川原が参加しました。

まず、笹倉共同代表がスライドを用いながら、SBS仮説導入前後の日本での議論状況、SBS仮説が優勢な状況下でSRP設立に至った経緯、その後の活動についてプレゼンを行いました。SRPの活動は、「調査研究・啓発・支援・連携・弁護」という5つの観点から説明がなされ、設立からわずか2年強でここまで多方面に広がりを見せたことにNEIPメンバーからは称賛の声が上がりました。

プレゼン後のディスカッションでは、まず、日本には1960年代に低位落下についての知見(いわゆる中村1型)が存在していながら、なぜそれが排斥されてしまったのかという点や、地域的な事件数の偏りについて質問があり、両共同代表が日本の議論状況を補足説明しました。また、弁護側に協力してくれる専門家を見つけることや、データを収集して見直すことには、NEIPも困難を感じているとのやり取りがありました。他方、日本のSBS問題を根深いものにしている要因として、日本の刑事司法制度に特有の問題(長期の身柄拘束下での取り調べ、自白の偏重、有罪率の高さなど)を伝えると、NEIPメンバーは一様に驚いた様子でした。そのような状況下で、どのように一定の成果を上げることができたのかという質問に対し、秋田共同代表の答えは、様々な分野にむけて正確なデータをもとに根気よく働きかけを続けたことで、雰囲気を変えることが出来たからであろうというものでした。

SRPの活動にとって、海外の専門家や団体との協力は欠かせません。スウェーデンに始まった海外調査や、国際シンポジウムはその一例です。また、SBSだけでなく幅広く冤罪問題に取り組んできた国内外の人々との繋がりも大きいものでした。私たちがそうした交流の中で得てきたのは、専門的な知見や情報だけではなく、情熱と刺激です。SRPもまた、同様の困難に立ち向かう海外のファイター達にとって良い刺激となりつつあることを誇らしく感じたミーティングでした。