Category Archives: 海外の議論状況

笹倉共同代表、イノセンス・ムーブメントで語る

日本時間12月9日午前9時半よりオンラインで開催された、「アジアと米国におけるイノセンス・ムーブメント(Trends in the Innocence Movement in Asia and the U.S.)」(主催:U.S.-Asia Law Institute)にて、本プロジェクトの共同代表である笹倉香奈教授が日本の無罪事件をめぐる最近の動向について報告しました。

イベントには、中国、日本、台湾、米国の専門家が集まり、まずは冤罪防止にむけた各地域の近年の取り組みについての情報交換から始まりました。笹倉共同代表は、日本における最新のSBS/AHT事案の動向、特に無罪事案の多さを述べた上で、SBS検証プロジェクトがどのような役割を果たしてきたのかを簡潔明瞭に報告し、網羅的な活動が成果を上げていることに参加者からは称賛の声が上がりました。

このイベントが特に議題として掲げていたのは、刑事裁判の証拠からジャンク・サイエンスを排除することの重要性です。笹倉共同代表の報告は、まさにこの課題に関わるものだったと言えます。

イベントの記録は後日、U.S.-Asia Law InstituteのHPにて公開されるとのことです。私たちが海外の研究者・実務家との交流に学び、力づけられてきたように、SBS検証プロジェクトの経験が有用な知見として共有されていくことを誇らしく感じました。

「日本小児科学会の見解」をめぐって-なぜ反省できないのか?

日本小児科学会が、「虐待による乳幼児頭部外傷(Abusive Head Trauma in Infants and Children)に対する日本小児科学会の見解」(以下、「小児科学会見解」)をホームページに公表されました。NHKでも詳しく報じられたようです。議論が深化していくことは歓迎すべきことですが、小児科学会見解は、結局、アメリカ小児科学会などが公表したAHT共同声明を焼き直したものにすぎません。AHT共同声明の問題点は、これまでもこのブログで繰り返し解説してきました。例えば、「SBS/AHT についてのかみ合った議論のために―AHT 共同声明を中⼼に―」「AHT共同声明」の再検討(酒井邦彦元高検検事長の論文について(5))」を是非お読みください。小児科学会見解についても、いくつもの問題点を指摘することができます。

 一番重要なのは、自らの主張に対する反省がないことでしょう。小児科学会見解は、AHT共同声明を引き合いにして「AHTの診断について司法の場で重大な誤解が生じている」などと主張していますが、なぜ司法が相次いで無罪判決を出しているのかについて、全く反省が見られないのです。常に自分たちの議論が正しいことを前提とし、それに批判する主張は「医学的妥当性がない」などとして切り捨てているだけです。「正しいから正しい。自分たちの正しい主張に反する主張は誤っている」と言っているのです。いわゆる循環論法に陥っています。この循環論法であるとの批判については、小児科学会見解は、何も答えていません。

 なぜ、司法が立て続けに無罪判決を出しているのか、それらの事件で、小児科学会の医師がどのような証言をしたのか、なぜ、その証言が信用されなかったのか、検証してみること(例えば、大阪高裁① 大阪高裁② 岐阜地裁)こそが必要なはずです。しかし、残念ながら小児科学会見解には、そのような謙虚な姿勢は全く見られないのです。

 小児科学会見解は、あたかも臆することなくAHTとの診断をすることが、チャイルドファーストであり、無罪判決となることがこれに反することであるかのように読めてしまいます。しかし、誤った訴追や親子分離は、決してチャイルドファーストではありません。このことを念頭に謙虚な反省をお願いしたいところです。

また、かみ合わない議論が…田中嘉寿子大阪高検検事の論文の何が問題か?

このブログで、酒井邦彦元高松高検検事長が当プロジェクトに言及した論文の問題点を5回に分けて詳しく指摘しました((1) (2) (3) (4) (5))。今度は、現役の検察官である田中嘉寿子大阪高検検事が、「警察學論集」という警察官向けの雑誌において、当プロジェクトを名指しで批判する論文(「虐待による頭部外傷(AHT)事件の基礎知識(上)」警察學論集73巻8号106頁・立花書房/2020年。以下、「田中論文」)を発表しました。田中検事は、同じ立花書房から「性犯罪・児童虐待捜査ハンドブック」(2014年)を出版していますので、検察庁内で、児童虐待事件の捜査を主導してきた立場と言えるでしょう。当プロジェクトの活動が、検察庁に強く意識されていることが窺えます(もっとも、田中論文は「本稿は、当職の私見であり、検察庁の公式見解ではないことをお断りしておく」としています)。しかし、酒井論文と同様、田中論文は、非常に残念な内容と言わざるを得ません。いくつか、その問題点を明らかにしましょう。

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朝日新聞フォーラム「赤ちゃん泣きやまない時」の何が問題か

朝日新聞2020年7月19日版(大阪本社)に「フォーラム・赤ちゃん泣きやまない時」というオピニオン欄一面を使った記事(以下、「フォーラム記事」)が掲載されました。その記事内容には、正直なところ驚かされました。いわゆるSBS/AHT仮説を主導してこられた医師4名の顔写真付きのコメントが並び、そのご主張が全面展開されていたのです。確かに、私自身は、朝日新聞社にも編集権があり、そのような立場の方の意見だけが掲載されることは、それだけで不公平だとは思っていません(もっとも、私もこれまで様々な形で報道被害に遭われた方を数多く知っており、このようなことを書くと、甘いとご批判を受けるかもしれません)。また、記事やそのコメントの中には、私たちが行ってきた批判を意識した部分も見られ、直ちに一方的な記事とは言えないと思います。しかし、これらの記事やコメントの内容は、相当問題だと言わざるを得ません。いくつか例を挙げましょう。

 まず、NPO法人チャイルドファーストジャパンの山田不二子理事長のコメントです。

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厚労省の令和2年度「調査研究事業」公募への疑問と申入れ

厚労省の行う「令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業」の中の調査研究課題32として、「児童相談所における虐待による乳幼児頭部外傷事案への対応に関する調査研究」なるものが公募されました。公募内容をお読みいただけるとお判りいただけるかと思いますが、かなりの問題がある内容です。

公募開始は4月30日、わずか1か月の公募期間でした。5月29日(金)が締め切りです。これで、調査研究の応募に向けた検討を行う時間があるのでしょうか。

さらに、公募内容には、SBS仮説を前提とするかのような記載もあります。近年指摘されているような、SBS仮説やSBSの診断基準、特に虐待の誤認のリスクといった問題点が研究の対象となるのか、大いに疑問です。

そこで、当プロジェクトは5月25日付で厚労省に対し、疑問点や問題点を指摘するともに、これらの指摘への回答を求める申入書を発送しました。【申入書の本文をこちらでお読みいただけます

厚労省が編集した「子ども虐待対応の手引き(平成25年8月改正版)」におけるSBSに関する記述には様々な問題点があります。この調査研究事業は、「手引き」の改訂につながる基礎調査研究でもあると思われます。SBS仮説の問題点も含めた幅広い視点からの研究が行われることが不可欠です。厚労省には、科学的な視点からの研究を行うよう、求めていきます。

SBS検証プロジェクト共同代表 笹倉香奈・秋田真志

解説「SBS/AHTについてのかみ合った議論のために―AHT共同声明を中心に」を公開しました。

このブログ開設以来、SBS検証プロジェクトは、約2年半の間に多くの発信をしてきました。これまでの発信のうち、特に「AHT共同声明」の問題点について、1つにまとめた解説「SBS/AHTについてのかみ合った議論のために―AHT共同声明を中心に」SBS検証プロジェクトのホームページで公開しました。是非ご一読ください。→こちら

低位落下・転倒をめぐる勘違い-「まれ」と「起こらない」の混同

 保護者が低位の落下やつかまりだちからの転倒であると訴えている事案で、虐待通告をされた事件のカルテ記載を見たり、保護者からの話をお聞きしたりして、驚かされることがあります。医師が、低位落下や転倒ではこのような重篤な症状は「起こらない」と断定的に述べておられることがあるのです。以前にもこのブログで触れたことがあるのですが、重要なポイントなので再度述べておきたいと思います。

 確かに「乳幼児の転倒で頭骨内に重大な傷を負うこと」自体の確率が高いとは言えないでしょう。しかし、確率は低くても、硬膜下血腫や眼底出血は、低位落下や転倒でも一定の頻度で起こっていますし、そのうち一定の割合で重症化し、時として致死的となることは、繰り返し報告されているのです。 AHT共同声明でも、「極めてまれ」とは言いつつ「まれには起こる」ことを認めています(Review of the extensive literature informs us that mortality from short falls is extremely rare)。「まれ」と「起こらない」を混同することは、明らかな誤りです。このような勘違いは、低位落下や転倒の危険性を過小評価することにつながりかねず、かえって危険です。その認識を速やかに改めていただく必要があります。この点を検証してみましょう。

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「AHT共同声明」の再検討(酒井邦彦元高検検事長の論文について(5))

 このブログでもすでに何度か指摘してきたとおり、2020年2月発行の『研修』誌・860号17ページに掲載された酒井邦彦「子ども虐待防止を巡る司法の試練と挑戦(1)(全3回)」は、「最近のAHTに関する内外における進展」の存在を指摘し、「どういうわけかSBS検証プロジェクトでは紹介されていない、『乳幼児の虐待による頭部外傷に関する共同声明』を紹介します」(下線は引用者)と述べた上で、この声明は「吐瀉物の誤嚥による窒息がAHTと同様の所見を呈するという主張など、SBSの反論として挙げられる多くの他の原因について、信頼できる医学的な証拠はないなどとしています」 と記述します。

 SBS検証プロジェクトは、これまでもAHT共同声明の全文を翻訳するとともに、その内容について検討(1, 2, 3, 4) してきました。2019年2月のシンポジウムではAHT共同声明について掘り下げて議論しました。したがって酒井論文の認識はそもそも誤っているのですが、本投稿ではさらに、酒井論文が重視しているAHT共同声明がどのような意図で出された文書なのかを明らかにしようと思います。

 結論からいうと、AHT共同声明は、刑事裁判に対して影響を与えるために出された、きわめて政治的な色彩の強い文書です。

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ドーバート基準をめぐる論争-議論の本質を見極めた上で(酒井邦彦元検事長の論文について(4))

このブログで何回か触れた酒井邦彦元高検検事長の論文ですが、その(2)が公表されました(酒井邦彦「子ども虐待防止を巡る 司法の試練と挑戦(2)(全3回)」研修(令和2.3,第861号)13頁。以下、前回の論文を「酒井論文1」、今回の論文を「酒井論文2」といいます)。酒井論文2は、直接SBS/AHTを問題としたものではありませんが、「補遣」の形で、酒井論文1で触れられていた大阪地裁平成30年3月13日判決について、大阪高裁で逆転無罪判決が言い渡されたことを補足されました(もっとも、検察庁が上告をしたというだけで、その中味についてはコメントされていません)。あるいは、酒井元検事長は、このブログをご覧いただいたのかもしれません。もし、ご覧いただいたのであれば、「どういうわけかSBS検証プロジェクトでは紹介されていない、『乳幼児の虐待による頭部外傷に関する共同声明』を紹介します」 (下線は引用者) との一文についても訂正をいただきたかったところですが(当プロジェクトは、AHT共同声明について繰り返し述べています)、その点は措きましょう。その代わりという訳ではないのでしょうが、「補遣」の2点目として、「アメリカ連邦地方裁判所ニューメキシコ地区判決(ママ)」(下線は引用者)について、詳しく言及しておられます。調べて見ると、酒井元検事長が指摘されるように、2019年12月5日にニューメキシコ州の連邦地裁の裁判官が、弁護側専門家証人について意見を述べるとともに、これを証拠から排除する決定(Memorandum opinion and order on the United States’ motion in Limine for Daubert ruling regarding the admissible and scope of defendant’s proposed expert testimony/The United States District Court for the District of New Mexico No. 1:14-cr-3762-WJ)をしていたようです(以下、この決定を「NM排除決定」とします)。アメリカのSBS仮説に基づく啓蒙団体「The National Center on Shaken Baby Syndrome」のホームページに掲載されていました。酒井論文2に接するまで、このNM排除決定のことは知りませんでしたので、このような情報を提供いただけることはありがたいことです。ただ、気をつけなければならないのは、アメリカの裁判例では、逆にSBS仮説こそが、ドーバート基準を充足していないという判断が、これまで複数出されていることです。酒井論文2だけを読むと、あたかもNM排除決定の判断が、アメリカでの裁判の趨勢であるかのように思われるかもしれませんが、決してそうではないのです。少し詳しく見てみましょう。

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小児科医は生体工学を語れるか?-根拠に基づいた議論であればこそ(酒井邦彦元高検検事長の論文について(3))

「怒りでコントロールができない状態ですから、リミッターは外れた状態になってます。無我夢中で(赤ちゃんを)揺さぶってるという状態になります。ですから、実際の臨床の場面では、成人女性でも立った状態で揺さぶって、頭の中に損傷を加えてしまったという事例は一杯あります。…被害児の体重というものは、6か月のダミー人形に比べるとかなり軽いものであるということからすると、十分立った状態で揺さぶって、成人女性でも閾値を超えることは医学的にはあり得る。なおかつどこかに体を設置させて、そこに体重を支えさせた状態で揺さぶり行為を加えたんだとすると、全然あり得る話だというふうに医学的には判断されます」

ある裁判での証言です。この「証言」を読んでどのように思われたでしょうか?「実際の臨床の場面」「医学的にはあり得る」「全然あり得る」「医学的には判断される」。その言葉ぶりから、証言の主が医師であることは想像がつくでしょう。医師が、このように述べたら、「そんなものかもしれない」と思ってしまうかもしれません。しかし、少し立ち止まって考えてみて下さい。「臨床」「医学的」「全然あり得る」などと述べる根拠は何なのでしょうか?

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