2018年「AHTに関する共同声明」の翻訳を公開しました

 2018年に「乳児と子どもの虐待による頭部外傷に関する共同声明 Consensus statement on abusive head trauma in infants and young children 」が公表されました。

  米国を中心とした小児科医らが執筆し、米国小児放射線学会(SPR)、米国小児科学会(AAP)などが共同で 出したものです。この中に、日本小児科学会も参加しています。

 「共同声明」の内容は、SBS/AHT推進論者たちが自分たちの見解を改めて明らかにし、SBS/AHT仮説に疑義を唱える議論を批判するというものです。

 内容に新しい点があるというよりも、むしろ現段階でのSBS/AHT理論の推進論者の立場をまとめているものです。従って、どのような問題意識のもとで議論が行われているのかが非常によく分かります。

 同時に、その内容には見過ごすことのできない問題点が数多くあります。これまでのSBS/AHT理論に対して向けられてきた「循環論法」や「自白に依存した危うい理論の危険性」などの批判には、まったく応答していません。

 SBS検証プロジェクトは許諾を得て「共同声明」の全文を翻訳し、その検討を行うことにしました。2月のシンポジウムでも詳細な検討をする予定です。是非、共同声明の翻訳と、これからブログにアップしていく検討を併せてお読み下さい。

 「共同声明」の全文翻訳は、こちらからダウンロードしていただけます。

9 replies on “2018年「AHTに関する共同声明」の翻訳を公開しました”

  1. […] 「AHT共同声明」には、循環論法以外にも様々な問題点があります。例えば、「共同声明」には、「例えば、チャドウィックらは、低位落下の研究の中で低位落下による死亡は5歳以下の子どもにおいて年間100万人あたり0.48人であると言及した」という表現がでてきます。これはすでにこのブログでも詳しく説明した「確率論の誤謬」です。ところが、「共同声明」では、そのような誤謬も前提の中に隠されてしまい、一読しただけでは判らないのです。同じような議論は日本の論者にも見られます。 […]

  2. […] 「AHT共同声明」には、循環論法(循環論法の問題点はこちら)以外にも様々な問題点があります。例えば、「共同声明」には、「例えば、チャドウィックらは、低位落下の研究の中で低位落下による死亡は5歳以下の子どもにおいて年間100万人あたり0.48人であると言及した」という表現がでてきます。これはすでにこのブログでも詳しく説明した「確率論の誤謬」です。ところが、「共同声明」では、そのような誤謬も前提の中に隠されてしまい、一読しただけでは判らないのです。同じような議論は日本の論者にも見られます。 […]

  3. […] AHT共同声明は「虐待された子どもの損傷を生じさせるために、揺さぶりだけで足りるのか、 それとも揺さぶりに直達性の外力が加わる必要があるのかという点に関しては、いまだに 争いが見られる」とした上で(この論点の設定そのものが「揺さぶり」にこだわっている点で間違っているのですが、それはひとまずおきましょう)、「注意しておかねばならないのは、その後、むち打ちや揺さぶりが行為者たちの自白によって繰り返し確認されてきたことである」「自白によれば、明らかに揺さぶりのみでAHT は生じる」と述べているだけなのです。つまり、揺さぶりによって三徴候が生じるとする客観的な証拠はないのです。ビデオ撮影された揺さぶりや目撃された揺さぶりによって三徴候が生じたという報告は1件もないのです。スウェーデンのSBU報告書は、SBS仮説の根拠として自白しかないことを問題視しています。共同声明もその指摘を認めざるをえないのです。 […]

  4. […]  以上に関連して、最近「SBS/AHTは存在する」という再反論がよくなされているようです。この再反論は、アメリカの小児科学会(American Academy of Pediatrics)などが(日本小児科学会も賛同しています)、2018年5月に発表した共同声明(Consensus statement on abusive head trauma in infants and young children–Pediatric Radiology誌所収)が、「AHTが存在するということについての医学的妥当性には争いがない」” There is no controversy concerning the medical validity of the existence of AHT.”などとしたことを受けてのものと思われます。この共同声明は多くの問題点を含んでいます。ここでは、まず「SBS/AHTは存在する」という再反論に端的に表れているとおり、その議論の立て方が根本的に誤っていることについて触れましょう。事故による頭部外傷がある以上、虐待による頭部外傷が存在しうることは当たり前です。先にも述べたとおり、私たちは、虐待の存在そのものを否定もしていませんし、その擁護もしていません。画像等の医学的所見では、虐待か、事故か、あるいは内因性のものかは、「鑑別(区別)できない」ということを問題にしているのです。仮に「揺さぶりによって三徴候が生じる」という命題が成立するとしても(かなり疑わしいのですが、そのことは別として)、「三徴候がそろえば揺さぶりだ」などと言えないのは、「逆は必ずしも真ならず」という論理学の初歩です。ところが、SBS仮説を主導する人たちの議論を丁寧に分析していくと、同様の初歩的な誤りが多く見られるのです。先の「SBS/AHTは存在する」という再反論はその典型です。 […]

  5. […]  以上に関連して、最近「SBS/AHTは存在する」という再反論がよくなされているようです。この再反論は、アメリカの小児科学会(American Academy of Pediatrics)などが(日本小児科学会も賛同しています)、2018年5月に発表した共同声明(Consensus statement on abusive head trauma in infants and young children–Pediatric Radiology誌所収)が、「AHTが存在するということについての医学的妥当性には争いがない」” There is no controversy concerning the medical validity of the existence of AHT.”などとしたことを受けてのものと思われます。この共同声明は循環論法、確率の誤謬、自白依存など多くの問題点を含んでいます。ここでは、まず「SBS/AHTは存在する」という再反論に端的に表れているとおり、その議論の立て方が根本的に誤っていることについて触れましょう。事故による頭部外傷がある以上、虐待による頭部外傷が存在しうることは当たり前です。先にも述べたとおり、私たちは、虐待の存在そのものを否定もしていませんし、その擁護もしていません。画像等の医学的所見では、虐待か、事故か、あるいは内因性のものかは、「鑑別(区別)できない」ということを問題にしているのです。仮に「揺さぶりによって三徴候が生じる」という命題が成立するとしても(かなり疑わしいのですが、そのことは別として)、「三徴候がそろえば揺さぶりだ」などと言えないのは、「逆は必ずしも真ならず」という論理学の初歩です。ところが、SBS仮説を主導する人たちの議論を丁寧に分析していくと、同様の初歩的な誤りが多く見られるのです。先の「SBS/AHTは存在する」という再反論はその典型です。 […]

  6. […]  以上に関連して、最近「SBS/AHTは存在する」という再反論がよくなされているようです。この再反論は、アメリカの小児科学会(American Academy of Pediatrics)などが(日本小児科学会も賛同しています)、2018年5月に発表した共同声明(Consensus statement on abusive head trauma in infants and young children–Pediatric Radiology誌所収)において、「AHTが存在するということについての医学的妥当性には争いがない」” There is no controversy concerning the medical validity of the existence of AHT.”などと主張されたことを受けてのものと思われます。この共同声明は循環論法、確率の誤謬、自白依存など多くの問題点を含んでいます。ここでは、まず「SBS/AHTは存在する」という再反論に端的に表れているとおり、その議論の立て方が根本的に誤っていることについて触れましょう。事故による頭部外傷がある以上、虐待による頭部外傷が存在しうることは当たり前です。先にも述べたとおり、私たちは、虐待の存在そのものを否定もしていませんし、その擁護もしていません。画像等の医学的所見では、虐待か、事故か、あるいは内因性のものかは、「鑑別(区別)できない」ということを問題にしているのです。仮に「揺さぶりによって三徴候が生じる」という命題が成立するとしても(かなり疑わしいのですが、そのことは別として)、「三徴候がそろえば揺さぶりだ」などと言えないのは、「逆は必ずしも真ならず」という論理学の初歩です。ところが、SBS仮説を主導する人たちの議論を丁寧に分析していくと、同様の初歩的な誤りが多く見られるのです。先の「SBS/AHTは存在する」という再反論はその典型です。 […]

  7. […] その他にも、溝口解説には、前提の誤りや、根拠に乏しい決めつけ、論理の飛躍などが多数含まれていると言わざるを得ません。実は、溝口解説は、これまでこのブログで触れてきた「AHT共同声明」と軌を一にするものです。そして、ブログで指摘してきた循環論法、確率の誤謬、自白依存、基準の不存在などの問題点は、そのまま溝口解説にも当てはまるのです。確かに溝口解説でも、いくつか言及はあるのですが、根本的な問題点が、議論の前提や論者に対する個人攻撃的な非難に隠されてしまって、直ちに読み取ることが難しくなってしまっているのです。 […]

  8. […] (1)循環論法、(2)確率の誤謬、(3)自白への依存とAHT共同声明の問題点を指摘してきました。4つめの問題として、虐待とそれ以外を区別する基準が存在しないという問題点を取り上げましょう。この点については、すでに「なぜ議論はすれ違うのか-わからないことは、わからない」の中でも取り上げています。しかし、重要な問題なので、繰り返し取り上げたいと思います。 […]

  9. […] 以上に関連して、最近「SBS/AHTは存在する」という再反論がよくなされているようです。この再反論は、アメリカの小児科学会(American Academy of Pediatrics)などが(日本小児科学会も賛同しています)、2018年5月に発表した共同声明(Consensus statement on abusive head trauma in infants and young children–Pediatric Radiology誌所収)において、「AHTが存在するということについての医学的妥当性には争いがない」” There is no controversy concerning the medical validity of the existence of AHT.”などと主張されたことを受けてのものと思われます。この共同声明は循環論法、確率の誤謬、自白依存、基準の不明確など多くの問題点を含んでいます。ここでは、まず「SBS/AHTは存在する」という再反論に端的に表れているとおり、その議論の立て方が根本的に誤っていることについて触れましょう。事故による頭部外傷がある以上、虐待による頭部外傷が存在しうることは当たり前です。先にも述べたとおり、私たちは、虐待の存在そのものを否定もしていませんし、その擁護もしていません。画像等の医学的所見では、虐待か、事故か、あるいは内因性のものかは、「鑑別(区別)できない」ということを問題にしているのです。仮に「揺さぶりによって三徴候が生じる」という命題が成立するとしても(かなり疑わしいのですが、そのことは別として)、「三徴候がそろえば揺さぶりだ」などと言えないのは、「逆は必ずしも真ならず」という論理学の初歩です。ところが、SBS仮説を主導する人たちの議論を丁寧に分析していくと、同様の初歩的な誤りが多く見られるのです。先の「SBS/AHTは存在する」という再反論はその典型です。 […]

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