日弁連が、刑事弁護センターが作成した「SBS/AHTが疑われた事案における相次ぐ無罪判決を踏まえた報告書」を日弁連のホームページで公開しました。このブログでも紹介してきた多くの無罪判決を分析したものです。有罪率が99.9%とも言われる日本の刑事裁判において、SBS/AHTという同種類型でこのように無罪判決が相次ぐことは、未曾有の事態というべきです。どの無罪判決も、検察側が依拠した医学的見解を非常に丁寧に検討した上で無罪の結論を導いており、それらを通覧すれば、医学的所見のみで虐待と認定することの危険性が浮き彫りとなります。報告書は、そのような無罪判決とともに、国内外の議論状況の分析も踏まえて、SBS/AHT仮説による冤罪リスクを指摘しつつ、次のように述べます。「冤罪は究極の人権侵害であり、権力犯罪でもある。冤罪被害者は、時間だけでなく、信頼や人間関係、財産などを奪われる。その多くは取り戻すことができない。冤罪の結果、長期間の誤った親子分離や家族関係の崩壊に至った悲しい事例も、現に存在する。虐待と同様、冤罪も絶対に許されないのである」。是非、全文をお読みください。
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また内因が関与した可能性を肯定ー2023年3月17日大阪地裁無罪判決の意義;親子分離の硬直化を回避すべき
速報がなされましたが、2023(令和5)年3月17日、大阪地裁第15刑事部(末弘陽一裁判長、高橋里奈、小澤光裁判官)は、SBS/AHT仮説に基づき、生後2か月の乳児に「激しい揺さぶりなどの暴行を加えた」などとして、傷害罪に問われた赤阪友昭さんに対し、無罪判決を言い渡しました。赤ちゃんが急変し、急性硬膜下血腫や眼底出血の頭蓋内出血が認められたことから、検察官は「激しい揺さぶりなどの暴行」=虐待と決めつけたのですが、本判決は、内因が関与したことによって軽微な外力によって頭蓋内出血が生じた可能性を認めたのです。このように内因が関与することによって、軽微な外力または外力がなくても頭蓋内出血が生じることは繰り返し報告されてきています。東京地裁立川支部2020年2月7日判決(控訴審東京高裁2021年5月28日判決)、大阪地裁2020年12月4日判決、新潟地裁2022年5月9日判決などは、いずれも内因と軽微な外力が重なった事例と考えられます。大阪地裁2019年1月11日判決や山内事件、そして現在控訴審で係争中の今西事件は、内因のみによって頭蓋内出血が生じた事例です。
赤阪さんの事件では、赤ちゃんは急変の数日前から風邪様の症状がでていたことが確認されています。そして、心機能の低下やCK-MBという心筋傷害を示す数値の上昇が見られたことから、心筋炎発症の可能性が指摘されたのです。これは、弁護側が心臓突然死の可能性を指摘している今西事件と非常によく似ています。さらに赤阪事件で重要だったのは、赤ちゃんの精密検査から「先天性グリコシル化異常症」という血液凝固異常につながる疾患に罹患している可能性も指摘されたことです。凝固異常が生じると、頭蓋内出血などを生じやすくなります。そうだとすれば、「頭蓋内出血があるから激しい揺さぶりなどの強い外力に違いない」という検察側の主張は根拠を失います。この凝固異常は、山内事件や今西事件でも問題になりました。安易に外力だと決めつける姿勢は改められなければならないのです。
注意しなければならないのは、検察側も内因の可能性を検討しなかった訳ではないことです。検察側には、多くの医師が協力しています。しかし、先天性グリコシル化異常症の可能性を指摘した医師はいませんでした。先天性グリコシル化異常症が一般の医師には知られていない非常に稀な疾患であることも事実です。これまでのSBS/AHTをめぐる裁判では、稀な疾患を除外診断の対象にしなかったことを、「そんなことは滅多にない」などと正当化しようとした検察側医師もいました。しかし、稀な疾患であることは無視してよいことにもなりませんし、その可能性を指摘できなかったことの言い訳にもできません。稀であっても、1億2000万人の人口を抱える日本のどこかでは、必ずその稀な疾患は生じているのです。山内事件の静脈洞血栓症も、今西事件の心臓突然死も、いずれも稀な事象ですが、必ず日本のどこかで発生するのです。稀な疾患だからと言って無視すれば、稀な疾患から生じる頭蓋内出血はすべて虐待になってしまいます。さらに、医学が進んだとは言え、すべての内因が解明されているわけではありません。SBS/AHTの事例ではありませんが、大阪地裁2022年12月2日判決(篠原遼さんの事件)も、稀な疾患が虐待だと疑われて、無罪となった事件です。よくある疾患が除外できたから虐待だ、と決めつけるのは、深刻な冤罪を生む可能性があるのです。
実は、近時の検察官の起訴には、このような安易な除外診断をもとにしたものが多いのです。当プロジェクトには、全国各地の弁護士や保護者の方からの相談が相次いでいますが、検察官は、低位落下や転倒などの外力のエピソードがある事例の起訴には慎重になっていることが窺えます(但し、今でも1m以下の低位落下では重篤な傷害は生じないと考えている医師もいるようです。また厚労省の「子ども虐待対応の手引き」の問題ある記述も改訂されていません)。しかし、そのようなエピソードを保護者が語らない場合、「内因が見当たらないから虐待」として起訴するという例が、今なお多く見られるのです。赤阪さんの事件の反省に立って、検察官にはその起訴の在り方をもう一度見直す必要があるはずです。
なお、赤阪さんの裁判の中では、検察側証人ですら、「一般に、乳児の場合、どれだけの力をかけたら架橋断裂するのかの下限値は、まだよく分かっていないところがある」「DBCL(硬膜の一番下の層である硬膜境界細胞層のこと)内に、静脈叢(DBCLの中の上の方の層で血管が多数存在しているところ)からの漏出液がわずかでも貯留している可能性があると、本来、剥離しやすいDBCLは、軽微な頭部の衝撃によって容易に裂けて剥がれ、この際に、硬膜静脈叢や架橋静脈を損傷して、硬膜下血腫が発生することがある」「眼底出血が生じる外力の程度・閾値については有力な基準がない」「外力の程度について、1秒間に何回(の揺さぶり)といった具体的数値に置き換えるほどには医学の技術が進んでいない」などと証言していました(判決)。これらの証言は、一定の医学的所見から、その原因を「激しい揺さぶり」や「強い外力」=虐待だと推定するSBS/AHT仮説の前提そのものを揺るがせるものです。
赤阪さんの事件では、もう一つ重要で深刻な問題がありました。報道ランナーが詳報したとおり、虐待の疑いによる硬直した親子分離、さらには夫婦の面談まで禁止した保釈条件や児童相談所の対応です。赤阪さんは、赤ちゃんのきょうだいや無実を信じる妻とすら面談できず、別々に暮らさなければならなかったのです。無罪判決は、赤阪さんについて「在宅しているときには子育てに関与するなどしていたのであり、…このような被告人が、本件当日、家族で夕食をとった後、妻も隣室にいる状況で、A(赤ちゃん)が泣き出したからといって、激しい揺さぶり行為に及ぶような苛立ちや怒りを抱く心理状態にあったとは直ちには考え難い。むしろ、被告人は、…Aの容態が急変したことを認識して妻に知らせ、…119番通報し、Aがずっと泣いていたが、途中で呼吸がおかしくなって泣くのをやめてしまった状態であることなどを説明しているのであり、実際にそのような状況にあったことを否定することは困難である…。…これらの事情によれば、社会的な事実としても、被告人がAに対し生活上許容されない激しい揺さぶりなどに及ぶ動機等は存在せず、(検察官が)主張するような不法な有形力の行使に及んだとすることには、多大な疑問があるというほかない」と述べています。そして、判決の言い渡しを終えるにあたって、末弘裁判長は、赤阪さんに対し「今日を区切りに家族との穏やかな日常を取り戻されることを切に願っています」と語りかけたのです。しかし、赤阪さんが家族との絆を奪われた5年間は取り返すことはできません。虐待防止を訴える立場からは、「疑いがある以上、親子分離は当然だ」「チャイルドファーストこそを考えなければならない」という声が聞こえてきます。そして、「SBS/AHTの医学的妥当性は国際的な共通認識である」「疑問を投げかける議論には医学的根拠がない」という主張にも根強いものがあります。確かに、虐待防止は大切です。しかし、不確かな医学的見解に基づく誤った親子分離と硬直な対応は、決してチャイルドファーストではありません。どれだけ声高に共同声明を持ち出したところで、医学的妥当性は、政治的な声明や多数決で決まるものではありません。エビデンスこそが重要です。そして、多くのエビデンスによってSBS/AHT仮説の科学的根拠が揺らいでいるのです。積み重なる無罪判決を踏まえて、冷静で、建設的な議論が求められているはずです。
大阪地裁で無罪判決!
スクワイア先生からのメッセージ
2023年3月3日に開催したシンポジウム「それでもえん罪はなくならないー連続無罪判決後、『揺さぶられっ子症候群(SBS)』問題は終わったか?―」では、イギリスのウェイニー・スクワイア先生からのメッセージを上映しました。共催のイノセンス・プロジェクト・ジャパンのYouTubeチャンネルでご覧いただけます。
スクワイア先生が登壇された2018年の国際シンポジウムから、日本での多領域にわたるSBS議論が始まりました。ご登壇くださった方々は、その後、それぞれの分野でSBS問題に精力的に取り組まれています。SBS検証プロジェクトが設立されてから5年が経ちましたが、SBS問題がまだ終わっていないということを改めて感じます。
[御礼]3月3日のシンポジウムへのご参加、ありがとうございました!
3月3日は、SBS検証プロジェクト共催シンポジウム『それでもえん罪はなくならない ―連続無罪判決後、「揺さぶられっ子症候群(SBS)」問題は終わったか?―』へのご来場とwebでのご視聴、ありがとうございました!対面とwebを合わせて、約160名もの方にご参加いただきました。
SBS検証プロジェクトの発足から、ちょうど5年が経過しました。この機会に、この5年を振り返り、SBS/AHTの問題を改めて検討するために開催したシンポジウムで、とりわけ今西貴大さんの事件を通して、えん罪の問題について皆様と考える貴重な機会になりました。
SBS検証プロジェクトの事務局長の川上博之(大阪弁護士会)は、ここ5年間のSBS/AHT事件の状況を振り返り、いわゆる「三徴候」ではなくあらたな「新徴候」による訴追が続いていること、しかしその立証の構造は旧来の「三徴候」による訴追と何ら変わらないことを明快に指摘しました。
その後のパネルディスカッションでは、現在大阪高等裁判所に控訴審が継続している、今西貴大さんの事件の弁護団が登壇し、事件の内容や現状についてわかりやすく説明しました。
さらに、2018年から活動を続けているSBS/AHTを考える家族の会の代表・菅家英昭さんや、SBS検証プロジェクトのメンバ―の古川原明子(龍谷大学法学部教授)も、この5年の活動を振り返りました。
2020年以降、コロナ禍によりすべてのイベントをオンラインに切り替えていましたが、今回は、久々に対面でも開催できたイベントでした。皆様と同じ熱気を共有できましたことに心から御礼申し上げます。
当日の様子を報じた関西テレビの記事です → こちらをクリック