Category Archives: 日本での議論状況

今西事件逆転無罪判決の全文

弁護団に今西事件の逆転無罪判決の判決書全文(匿名版判決全文はこちら)が交付されました。判決書全文は、74頁にわたり今西貴大さんを無罪とすべき理由を詳述したものでした。最大の争点であった、傷害致死罪については要旨に基づいて解説を加えましたが、本記事では、全文の内容を踏まえて、いくつかの点を補充させていただきます。

まず、注目すべきなのは、傷害事件に関連して、「本件骨折の存在や性状によっては、その発生原因を被告人の暴行と推認するには足らず、事故等による可能性を医学的に否定し難い以上、被告人の原審供述を全て虚偽として排斥することはできない」とした上で、「被告人がZ(被害児の実母)及び被害児と同居を始めてから第3事件の発生に至るまでの過程において、被告人が被害児を虐待していた事実をうかがわせる事情はなく、Zの原審証言中にも被告人に暴力的傾向があったことを示すものはない…。この点は、むしろ、本件骨折が被告人の暴行により生じたとする推認を妨げる消極的事実に当たるものといえる」と明言したことです。原判決は、傷害を無罪としましたが、あたかも今西さんが、虐待親であるかのような前提で、その供述を信用できないと決めつけるかのような判示をことさらにし、今西さんは傷害事件についても、疑わしいものの無罪であるかのよう認定をしていました。しかし、高裁判決は、そのような原判決の見方を否定し、逆に「(今西さんが)被害児を虐待していた事実をうかがわせる事情はなく、…この点は、むしろ、本件骨折が被告人の暴行により生じたとする推認を妨げる消極的事実に当たる」としたのですから、原判決と異なり「無実」との判断を示したと言って良いでしょう。実際、今西さんがA子ちゃんを愛し、本当に大切に接していたことは明らかでした。原判決は、相互に類似性のない3つの事実を、あたかも全て虐待行為であるかのように印象づけた捜査機関の立件基づく予断に影響されたとしか考えられないのです。このような判示自体から今西さんの無実は明らかです。

 強制わいせつ致傷罪については、肛門から会陰部12時方向に僅か1cmの裂創があるだけで、その裂創を「自然排便が原因ではなく、異物挿入が原因と思われる」という検察側A医師の証言のみが証拠でした。しかし、高裁判決が指摘するとおり、「被害児の皮膚に荒れや乾燥があり、荒れ等が皮膚の柔軟性を失わせ、裂けやすくさせること、下痢により消化液が肛門周囲の皮膚に付着すると同様の異状が生じ得ることは、(検察側の)A医師、(弁護側の)B医師とも指摘しているから、肛門に張力が働いた時の皮膚の状態変化が問題とされる本件では、皮膚の異状と併せて裂傷が生じた可能性の検討が求められる」のです。ところが原判決は、「被害児に下痢便等があり、皮膚の乾燥の要因が加わったとしても、常識的に考えて、排便により本件裂傷が生じることは考えられない」などとした上で、A子ちゃんの僅か1cmの裂創を、「異物挿入」と決めつけたのです。高裁判決は、この原判決の認定を、「所論(控訴審における弁護人の主張を指します)も指摘するとおり、排便や皮膚の異状の存在が同裂傷の発生と結び付かない理由とされる『常識』の意味内容は不明である」「A医師の原審証言には、原判決が『常識』とした評価を補うほどに強い合理的な根拠が示されているとみることはできず、前記説示は、意味内容が不明な経験則を当てはめた不合理なものであると文字どおり、一蹴しました。このように、強制わいせつ致傷についても、原判決は不合理そのものであり、今西さんの無実は明らかなのです。

そして、傷害致死については、すでに速報としてかなり詳細に説明していますが、次の点を付け加えておきたいと思います。原判決が「非常に明快で、説得力に富む」として重視した検察側脳神経外科医であるD医師の証言について、「D医師は、原審において、…『脳深部に点状の血腫は、頭部CTと剖検結果と合致する』と述べたが、…写真中の脳の割面部分に見られる血腫を、後付けでCT画像上に大まかに当てはめて前記の見解を述べたとみる余地があり、そうとすれば、その手法が科学的妥当性を持つものといえるか甚だ疑問といわなければならない」「D医師による被害児の頭部CT画像の読影には、その手法や在り方に疑問を差し挟む余地(がある)」などと繰り返し指摘した上で、「D証言の信用性は、説明ぶりの印象によるのではなく、科学的な合理性の観点から検討されなければならないとしました。あまりに当然の判示ですが、この点でも、原判決が、印象によって今西さんに有罪判決を下していたことが示されているといわざるを得ません。3件ともに、今西さんの無実は明らかなのです。

今西事件・逆転無罪判決が示した外力や科学的証拠をめぐる重要な指摘(速報)

2024年11月28日、大阪高裁第3刑事部(裁判長裁判官石川恭司・裁判官中川綾子・裁判官伊藤寛樹)が今西貴大さんに言い渡した逆転無罪判決は(以下、「高裁判決」といいます)、きわめて重要な指摘をしています(今西事件)。現時点では、弁護人にも要旨しか交付されておらず、正式な判決理由の全てが明らかになるのは数日後になるようですが、要旨として抽出された部分について、速報として、報告します。

 すでにこのブログでご報告したとおり、傷害致死罪の最大の争点は、A子ちゃんの脳幹に、心肺停止を引き起こすような強い外力が加わったと言えるかでした。

 まず、高裁判決は、原判決が検察側医師の証言を重視して有罪の根拠としたことについて、次のように述べます。

「(頭蓋内損傷の)機序に関する部分(引用註:どうして頭蓋内損傷ができたかを説明する部分)は、暴行の有無やその具体的態様が不明であり、被害児の体の表面に外傷をうかがわせる痕跡もないという本件の特異性に鑑みると、高度の証明力を認め得る科学的推論には当たらず間接事実 (同児の体に傷がなかったこと、頭内の広範囲の血腫の存在) を基にした通常の推認過程をいうものにすぎないとみるべきである」

「医師らの証言は、事実関係の有無・内容だけではなく、各自の医学上の専門的知見及び経験を基にした評価・判断を含み、一般的な信用性判断と併せ、科学的証拠としての観点から各証言が有する証明力の範囲・程度を見極める必要があるが、原判決の説示を通じてみても、犯罪事実の認定証拠となった各医師の証言の相互関係、各証言が有する証明力の程度や限界等を踏まえた検討が十分に行われたとはいい難い」

少し分かりにくいかもしれませんが、つまるところ医師の証言には医学以外の「通常の推認過程(常識)」として評価すべき部分が含まれているのだから、医師の証言だからといって、その全てを専門家の意見だとして盲目的に信用すれば良いというものではないということです。高裁判決が、なぜこのようなことを述べたかというと、原判決は、根拠のない憶測にすぎないような検察側医師の証言部分まで、無批判なままに鵜呑みにしたとしか考えられないからです。そのことを端的に述べているのは次の部分です。

「原判決は、被害児に加えられた外力が交通事故と同等とした検察側脳外科医師の見解につき、『交通事故といっても、態様はさまざまであり、人の手によって加えることができないものだとはいえない』とし、次いで、検察側解剖医も『そのような外力を人為的に加えることは十分可能であるとしている』と説示した。しかし、脳外科医師は、被害児にびまん性脳損傷を生じさせる程度の頭部への外力として、頭部に相当強度の衝撃を与える交通事故の態様を念頭に置き、布団上への投げ付け等もこれと同程度の威力を有するものを想定していたとみるのが相当であり、解剖医証言にある打撲の態様とは相違があるし、脳外科医のいう投げ付け等の行為は、それが布団上であっても当時2歳4か月の被害児に対し、頭部を含む身体外表に外傷を残すことなく、交通事故に比肩する程度の外力を加え得るものかどうかは、健全な常識に照らしてみても相当に疑問がある。原判決の説示は、具体的な事実を想定せずに憶測をいうものであって、合理的な理由となっていない。そして、解剖医は被害児の頭部に柔らかい物体による頭頂、左右側頭等から複数回の強い打撲があったと判断し、これは手のひら、クッション、布団等を介する形で強い力が働けば可能である旨述べたが、同児の体表に痕跡がなかった点を具体的、合理的に説明したものではなく、当時の被告人方内の物品の様子等を踏まえた現実的な検討が表れているわけでもない。そもそも、解剖医の見解の証明力には限界があるとみるべきであり、それのみでは被害児の頭部に強度の外力が及んだことを推認するには至らない

 ここで高裁判決が述べるように、検察側脳外科医は一審の証言で、A子ちゃんの頭部に加わった外力は「交通事故と同等」といいながら、「布団上への投げ付け等」でもそのような外力となるなどという説明をしていました。しかし、「交通事故と同等」だったはずの「強い外力」が、どうして「布団上への投げ付け」で生じるのか、そもそもその証言は矛盾しています。さらに、「布団上への投げ付け」であったとしても、交通事故と同等の「強い外力」が加わったというのであれば、A子ちゃんの外表にはそれに見合った痕跡が残るはずです。しかし、A子ちゃんにはそのような痕跡はありません。「布団上への投げ付け」などというのは、「外表に痕跡がない」ことの矛盾をごまかそうとしているだけで、「布団上への投げ付け」を推測させるような証拠は皆無です。原判決が「交通事故といっても、態様はさまざまであり、人の手によって加えることができないものだとはいえない」などと述べているのも、上記のような矛盾をごまかそうとする辻褄合わせにすぎません。

 解剖医の証言も同様です。解剖医は、一審の証言で「被害児の頭部に柔らかい物体による頭頂、左右側頭等から複数回の強い打撲があったと判断し、これは手のひら、クッション、布団等を介する形で強い力が働けば可能である」と述べたのですが、「手のひら、クッション、布団」を介した打撃で、どうして「強い力が働く」のか、どうして「可能」と言えるのか、全く不明です。「柔らかい物体」云々も、脳外科医の証言と同じく、外傷の痕跡がないこととの帳尻合わせにすぎません。

 科学の世界で重要なのは、科学者を標榜する人たちの「意見」そのものではなく、根拠であり、根拠を支えるエビデンスです。これに対し、脳外科医にしても、解剖医にしても、根拠も示すことなく、単なる「意見」を述べているにすぎません。EBM(Evidence Based Medicine=エビデンスに基づく医療)では、エビデンスの質が問われることになりますが、EBMの評価では「患者データに基づかない、専門委員会や専門家個人の意見」はエビデンス・レベルとして最低ランクとされるのです。筆者は、SBS/AHT事案で知己を得た生体工学・物理学にも造詣の深い松浦弘幸先生(医学博士、理学・物理学博士)に、弁護側証人に立っていただいたことがありますが、松浦先生には、科学的な解明には実証データが不可欠であること、特に物理の世界において、少なくとも実験等によるシミュレーションもなく推測を述べることが許されないことを繰り返し教えていただきました。科学である以上当然のことのはずですが、その当然のことが、多くの場合なおざりにされているのです。原因として外力を論じるのであれば、医学的所見を超えて生体工学や物理学の知識が不可欠ですが、そもそも脳外科医も解剖医も生体工学・物理学についての基本的な知識はありません。「意見」を述べる資格そのものに問題があったのです。このような観点からすれば、本件の脳外科医、解剖医の「意見」は、証拠としての価値はないに等しいものです。高裁判決は、「被害児の頭部にどのような外力がどの程度加われば、…(本件の)頭蓋内損傷が生じるかという機序は医学的見解のみで立証されるべき事実とはいい難」いとしますが、医師が物理学の専門家でない以上、当然とも言えます。そして、原判決が両医師の「意見」を鵜呑みにしたことについて、高裁判決が「原判決の説示は、具体的な事実を想定せずに憶測をいうものであって、合理的な理由となっていない」とするのもきわめて正当です。

 いろいろ述べてきましたが、実は本質的な話は簡単です。A子ちゃんの頭部には、外力が加わった痕跡がありません。にもかかわらず、頭蓋内深部にある脳幹に外力が及んだとするのが、不自然・不合理なのです。「本件は、被害児の身体表面に外傷の存在を示す痕跡がなく、暴行の有無やその具体的態様が明らかではないという特異性を有する事案であるから、同児の心肺停止を引き起こした原因が犯罪としての暴行であり、その行為者が被告人であるとして帰責させるためには、前提として、同児の頭蓋内損傷が外傷性のものであり、その脳幹部に及ぶ脳損傷が心肺停止の原因となったことが合理的な疑いを入れる余地のない程度に立証される必要がある」「同児の身体表面に痕跡を残さず、脳深部まで強度の外力が及び得ることを示す具体的な事実の立証を伴って、初めてその推認が十全に働」くとしていますが、要は検察官に対し、「外力の痕跡がないのに、脳の深部に強い外力が加わったと納得できる証明をしなければなりませんよ」と述べているのです。それこそ常識的な立証を求めているにすぎません。検察官は、そのような常識的な立証ができていませんし、有罪とした「原判決には論理の飛躍があり、是認し難い」(高裁判決)のは明らかです。

高裁判決は、原判決が「外力による脳幹損傷」の根拠とした「脳幹融解」等の他の医学的所見についても重要な指摘をしています。原判決は、解剖医が証言した「解剖時の脳幹融解」について、脳外科医の証言に基づき、「レスピレーター脳ということでは説明がつかない」「(本件では)脳幹が著明に融解するという逆転現象(が起こっている)」、脳外科医の証言する内容が「医学的に一般的な知見であると認められる」などと認定しました。このような原判決の認定に対し、弁護側は控訴審において、医学的にみて非常識な脳外科医の独自説を、医学の素人である裁判所が「医学的に一般的な知見である」と認定したもので、およそ許されない認定であると強く批判していました。これに対し、高裁判決は、「被害児の大脳や脳幹部の融解がレスピレーター脳としてのものであった可能性がある点について、これを排斥し得る程度に十分な論拠が示されたとまではいえない。被害児の脳組織の融解程度等に関する解剖医の見解は、同児の入院期間中にレスピレーター脳の状態になるなどし、大脳や脳幹部の融解が進んだ可能性についての検討が十分ではなかった疑いが残」(る)、「大脳と脳幹の融解程度が逆転しているとする点は顕著な特徴とみることができず、その前提自体に疑問がある」としました。また、「検察側脳外科医が被害児にびまん性脳損傷が生じた根拠とした点のうち、脳幹周囲のくも膜下出血、びまん性脳腫脹は、弁護側脳外科医の証言に照らせば反証等の余地を残すものであり、(検察側脳外科医が証言した)大脳白質深部に多発する挫傷性血腫の点は、頭部CT画像の読影の在り方等に疑問を差し挟む余地がある」としたのです。いずれも弁護団が、検察側医師証言及び原判決の認定について、控訴審で強く批判していた論点です。高裁判決は、弁護側主張を全面的に認めたものと言えるでしょう。結局、検察側が「脳幹への強い外力」の根拠とした医学的知見は、完膚なきまでに否定されたと言えるのです(なお、高裁判決は解剖医の医学的な見解について「基本的な信用性が認められる」としています。弁護団としては、解剖医の医学的な見解には様々な問題があり、「基本的な信用性」そのものに大いに疑問があると考えています。しかし、すでに述べたとおり、高裁判決も、解剖医の信用性に留保をつけた上で、脳幹への外力についての立証はできていないと正当に認定していますので、この問題にはこれ以上踏み込まないこととします)。

 今西事件に限らず、SBS/AHT仮説をめぐって、多くの医師の先生方と接してきました。どの先生方も、虐待は許されないとともに、えん罪も許されないということで認識は共通しています。ところが、今西事件のような明らかなえん罪事件において、検察側の立場で立たれる先生方のご意見は、「虐待」認定の正当性を強調しようとするあまりか、いささか強引としか思えない内容がよく見られます。その背景には、虐待を許さない、という強い正義感があると思われます。しかし、高裁判決が示したように、まずは科学的な見地からの冷静な議論が必要です。どれだけ医学や関連分野が進歩したとは言っても、分からないことは多く、医学的所見のみで虐待を認定することは、多くの場合不可能です。

高裁判決は、医師の意見について「科学的証拠としての観点から…証明力の範囲・程度を見極める必要」を指摘していますが、専門家証言の評価と、それに基づく事実認定の在り方について、重要な問題提起です。このような問題提起を、今西事件の特異な問題としてやり過ごすべきではなく、科学的証拠をめぐる重要課題として、司法界、医学界、さらには関係する諸分野全てにおいて、広く検討していくべきです。

11月28日(木)今西事件の控訴審判決です!

2024年11月28日午前10時30分から、大阪高等裁判所第3刑事部において、今西事件の控訴審判決が言い渡されます。判決を前に、争点とポイントを整理しておきます(イノセンスプロジェクトジャパンの解説はこちら)。

今西事件とは、2017年12月、今西貴大さんの養子(元妻の連れ子)であり、2歳4か月だったA子ちゃんが急変し、7日後に亡くなったこと、救急搬送されたA子ちゃんに、いわゆるSBSの三徴候(急性硬膜下血腫、脳浮腫、眼底出血)が認められたことから、急変時に一緒にいた今西さんが「何らかの暴行」を加えたと疑われて、まず傷害致死罪で逮捕・起訴され、その後に強制わいせつ致傷、傷害罪も追加起訴されたという事件です。

傷害致死罪の訴追の根底には、三徴候があれば頭部に「強い外力」が加わったはずだというSBS/AHT仮説が存在します。但し、近時のSBS/AHT仮説に対する疑念もあり、検察官も、検察側で証人に立った医師も、三徴候のみによって「強い外力」があったとしているのではないと主張します。その代わり、①CTで大脳深部に挫傷性の出血が確認できる、➁やはりCTで中脳周囲にクモ膜下出血が確認できる、③解剖時に脳幹の融解が進んでいた、などとします。そして、この①~③は「脳幹に強い力が加わった証拠だ」というのです。海外のSBS/AHT仮説でも見られない「独自の見解」です。実際にはA子ちゃんのCTで①大脳深部に挫傷性の出血など確認できませんし(控訴審で検察側医師も認めました)、➁クモ膜下出血は病気で生じた場合(内因)でも中脳周囲に集まりやすい性質を持っています。そもそも挫傷は脳の表面にできるもので、大脳「深部」に挫傷性の出血ができるということ自体が不自然です。③解剖時に脳幹の融解が進んでいたことを示す写真はない上、A子ちゃんの場合、急変後7日にわたりレスピレータ(人工呼吸器)と接続されていたため、脳幹の融解が進行したとしても何ら不自然ではありません。

 そして、急変直後のCT画像を見ても、A子ちゃんの脳幹に異常は見られませんし、そもそも脳幹は脳の奥にあり、外力の影響を受けにくいのです。仮に脳幹を損傷させるほどの強い外力が頭部に加わったというのであれば、その周囲にある大脳・小脳や頭蓋骨が損傷するはずです。しかし、A子ちゃんにはそのような所見は見られないのです。結局、検察側の主張は、目立った外傷がなくても、医学的に特別な症状があれば「強い外力」が推定できるという点で、三徴候説とその実質は変わらないのです。

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ロバーソン氏の事件は、他人事ではないー日本でも起こりうる冤罪の構造

死刑の執行が懸念されるロバーソン氏の事件は、決して他人事ではありません。ロバーソン氏が死刑判決を受けたのは、2002年のことでした。当時、すでにSBS仮説に対する懸念を示す見解も発表されるようになっていましたが、医学界ではSBS仮説が通説化しており、多くの医師や捜査関係者、児童保護機関が疑っていませんでした。そして、アメリカではロバーソン氏をはじめ、多くの養育者が無実の罪で刑務所に送られることになったのです。しかし、その後、低位落下や転倒といった軽微な外力や内因によって、それまでSBSに特徴的とされてきた症状が生じることが明らかとされ、SBS仮説への信頼が大きく揺らいだことは、これまでこのブログでも繰り返し述べて来たとおりです。

ロバーソン氏にとって不幸だったのは、亡くなったニッキーちゃんに生じた三徴候が肺炎・低酸素脳症といった内因だったこと、そしてロバーソン氏が自閉症スペクトラムであったために、コミュニケーションに難があった上、感情表出の乏しさから、初動でニッキーちゃんに対応した医療機関関係者らに「不審な父親」との予断が生まれてしまったことです。

このブログで報告してきた山内事件赤阪事件、さらに今西事件でも内因が原因で頭蓋内出血などの症状が発症していました。内因によってニッキーちゃんと同じ症状が出ることは明らかです。しかし、低位落下などの外力エピソードがある場合に比して、内因については、医師にもあまり意識されていません。日本では中村Ⅰ型と呼ばれる病態が数多く報告されてきたこともあり、医師の間でも比較的軽微な外力によってSBSの三徴候が生じることについては共通認識とされつつあるのですが、内因についての理解はまだまだなのです。せいぜい先天的な凝固障害が除外診断の対象とされる程度なのです。今西事件がその典型例ですが、今西事件以外にも、内因が関与したと思われる複数の案件が、SBS/AHT案件として全国の裁判で争われています。内因が深く関与したと思われるロバーソン氏の事件と同様の冤罪事件が、日本でも生まれる可能性が高いと言わざるを得ないのです。

さらに偏見による予断です。今西事件でも、捜査機関はおよそ虐待が原因とは言えないA子ちゃんの症状をあたかも今西貴大さんの虐待行為によるものだとして強引に立件しました(詳しくは、こちら)。捜査機関の狙いは、今西さんが虐待親であるかのような予断を与える印象操作だったとしか考えられませんが、この予断は現実に効果を発揮し、今西さんに対し、一審判決が懲役12年という重刑を宣告することにつながったと考えられるのです。自閉症スペクトラムが生んだロバーソン氏への予断は、日本でも決して対岸の火事とは言えないのです。

そして、一度有罪判決が確定してしまうと、その確定判決を覆すことは容易ではありません。日本では袴田事件がその象徴例です。アメリカでは、SBS/AHT事件をめぐる再審による雪冤が相次いでいますが(オハイオの例はこちら)、州毎に司法制度や運用が異なることも影響するのか、雪冤の状況は地域によって様々で、一律ではないようです。そして、再審が容易でないことは、日本と共通しています(もっとも、テキサス州では2024年10月9日に、1997年に起こったSBS事件への再審が認められています)。ロバーソン氏の場合は、アメリカのイノセンスプロジェクトをはじめ冤罪問題に取り組む多数の団体が、SBS仮説の非科学性を主張しつつ、ロバーソン氏の救済のために活動を続け、CNN、NBC、CBS、BBCなど大手メディアも取り上げましたが、死刑存置のテキサス州で死刑執行の寸前まで進んでしまったのです。袴田事件でも日本の検察は、袴田巌さんの有罪・死刑判決にこだわり、再審無罪判決後も検事総長が不満を表明し、反省の姿勢は一切ありません。このような検察のもとで、日本では死刑が存置され、再審法も不備なままです。ロバーソン氏の冤罪の構造は、そのまま日本にも当てはまっているのです。ロバーソン事件は、全く他人事ではないのです。

今西事件シンポジウム開催![2024年11月7日]

2024年11月7日18時より、JR大阪駅付近で今西事件の判決直前シンポジウムを開催します!

8月同様、企画運営はイノセンス・プロジェクト・ジャパンの学生ボランティア達です。SBS検証プロジェクトも共催しております。

参加無料、お申込みはこちらからお願いします!

11月28日の控訴審判決直前に、事件の全体像を振り返ります。是非お越しくださいませ!

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今西事件シンポジウム 
――今西貴大さんが経験してきたこと、私たちが取り組んできたこと――

■日時 2024年11月7日木曜日 18時~20時(開場17時45分)
■場所 AP大阪駅前内 APホールII
〒530-0001 大阪府大阪市北区梅田1-12-1 東京建物梅田ビルB1F
*JR大阪駅から徒歩2分
*アクセスはこちら→ https://goo.gl/maps/Q5nPzUEXaNLgPs9G6

■要お申込み、参加無料
お申込み、お問合せはこちらから→ https://x.gd/w6vd2

■プログラム
1.はじめの挨拶
2.IPJ/IPJ学生ボランティアの活動内容について
3.今西事件の概要
4.対談
 川﨑拓也氏(弁護団主任弁護人、IPJ理事)
 今西貴大氏
 コーディネート 赤澤竜也氏(ジャーナリスト)
5.IPJ学生ボランティアと今西事件
6. 支援者からの挨拶
 菅家英昭氏(今西貴大さんを支援する会代表)など
7.弁護団から支援のお願いと御礼
 川﨑拓也氏、秋田真志氏、西川満喜氏、湯浅彩香氏、川﨑英明氏
8.ご挨拶:今西貴大氏
9.おわりの挨拶

■シンポジウムの趣旨
 本シンポジウムは、今西貴大さんが経験してきたことや今西さんご自身のお人柄について、より多くの皆さんに伝えるため、イノセンス・プロジェクト・ジャパン(IPJ)の学生ボランティアが企画しました。IPJ学生ボランティアは、えん罪事件について勉強しており、えん罪の問題を広く知っていただくためにイベントを企画するなどの活動をしています。今西事件について、本シンポジウムの他、中高生や一般市民に事件について知ってもらうためのワークショップを開催するなどしました。
 また、今西さんとの面会を、勾留されていた時から保釈された現在も数多く行っています。これを機に私たちIPJ学生ボランティアの取り組みについても知っていただければ幸いです。

国際セミナー「SBS/AHT事件における誤診と冤罪ー内因性疾患との鑑別に関するアメリカ法医学者からの提言」ーアメリカ法医学者が警鐘をならす内因を外傷と誤診するリスク

 2024年8月9日、東京でエヴァン・マッシズ(Evan Matshes)医師を招いて、国際セミナー「SBS/AHT事件における誤診と冤罪ー内因性疾患との鑑別に関するアメリカ法医学者からの提言」(共催:SBS検証プロジェクト、一般社団法人イノセンス・プロジェクト・ジャパン、甲南大学国際交流助成金、龍谷大学矯正・保護総合センター、科研費[基礎研究C]児童虐待事件における医学鑑定に関する横断的研究/代表徳永光)が開かれました。

 マッシズ医師は、カリフォルニア州サンディエゴのNational Autopsy Assay Group(全米解剖分析グループNAAG病理学研究所)のコンサルタントであり、同研究所で法医学・病理学を実践しておられます。マッシズ医師は、法医学者であると同時に、保安官と同様に捜査権限をもち(Sheriff-Coroner Autopsy Service)、事件現場での遺体検証なども行います。これまで全米において警察・検察側、弁護側双方から鑑定を求められ、多数回法廷で専門家証人として証言に立ってこられました。2018年にはNational Association of Criminal Defense Lawyers(NACDL 全米刑事弁護士協会)の月刊誌であるChampion誌の2018年11月号に、SBS/AHT問題に取り組むRandy Papetti弁護士との共著で「Law, Child Abuse, and the Retina(法、児童虐待、そして網膜)」と題する論文を寄稿され、網膜出血をSBS/AHTの徴候であるとみなすことの危険性について警鐘を鳴らしておられます。

 今回の講演は、2023年3月にSBS検証プロジェクトの共同代表である笹倉、秋田がイノセンスプロジェクトジャパン(IPJ)のメンバーとして、国際イノセンス・ネットワーク大会のために渡米した際、マッシズ医師の研究室を訪問し、「今西事件」についてのご相談をしたことがきっかけになっています(今西事件は、IPJの支援事件の一つです。訪米メンバーのうち3名が今西事件弁護団でした)。今西事件では、2歳4か月児に見られた三徴候が外力か内因かが問題とされています。そのような相談の経緯もあり、今回マッシズ医師にSBS/AHT事件における内因の誤診リスクについてお話いただくことになったのです。

国際セミナーには、SBS/AHT事件に関心を持たれている日本の多くの医師が参加されました。マッシズ医師の講演の概要をご報告します(秋田の理解に基づくもので、医学的な監修を受けている訳ではないことはお断りをしておきます)。

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速報:大阪高裁、面会制限の違法を認める!

2023年8月30日、大阪高裁第13民事部(裁判長裁判官 黒野功久、裁判官 馬場俊宏、田辺麻里子)は、児童相談所による一時保護継続と面会制限の違法性を指摘して、大阪府に対して損害賠償を命じた2022年3月24日大阪地裁判決について、大阪府の控訴を棄却すると同時に、母親側の附帯控訴による賠償額の増額を認める判決を言い渡しました。

 本件は、家庭内の低位落下事故であるにもかかわらず、児童相談所の依頼を受けた法医学者が、その症状を「頭部をかなり大きな揺さぶられて生じたと考えられる」などという誤った鑑定書を書き、児童相談所がその鑑定書を鵜呑みにしたことから、8か月にもわたり親子分離が継続したという事案です。

 大阪高裁は、この法医学鑑定について「判断及びその前提となる画像読影の正確性に疑義を挟まざるを得ない」「結論を導くための医学的知見及びそれを裏付ける医学文献等が何ら示されておらず…医師からはこれを補うような意見等も特段示されなかった…その…内容を信用するのは困難といわざるを得ない」としました。実際、この鑑定書は、本文はわずか16行、原判決も認定するとおり、画像誤読の上に、医学的根拠を全く示していないという代物で、どうみても「鑑定」の名に値しないものでした。このような鑑定書が、法医学者を名乗る医師によって作成されること自体に驚きを禁じ得ません。ところが児童相談所は、一目見て不合理であることが明白なこの鑑定書のみを根拠に、その信用性を何ら検証しようとすることなく、長期の親子分離を正当化しようとしたのです。その結果、実際に親子分離は8か月に及びました。

 児相が、そのような親子分離を正当化しようとする論理は、「受傷の原因が確定できないため具体的な再発防止策を講じることができない」というものでした。「受傷の原因が確定できない」というのは、児童相談所が、母親の説明を信用しようとせず、無視したからです。この点、裁判所は、本件の母親の説明が一貫して不合理な点もないこと、その主張を裏付ける医学的知見が提出されていること、本件の養育状況や母親の態度等から母親が「本件児童を虐待していたり、本件受傷の原因について虚偽を述べたりしているとは考え難い」としました。裁判所は、母親の供述を信用できるとして、本件が事故であることを明確に認めたのです。

 しかし、児相は、とにかく母親の説明を信用しようとせず、虐待の可能性が否定できない以上、親子分離だ、面会制限だと主張し続けたのです。多くの児相が、一方的な親子分離、面会制限を行うときに取ろうとする態度です。そこにある児相の姿勢は、「とにかく親子分離」「とにかく面会制限」です。事実を見極めようというものではありません。「思考停止」以外の何ものでもないのです。

 このような児相の姿勢はきわめて深刻な実務運用を招いています。虐待などしていないと訴える親と、ひたすら「虐待を疑う」児相側との間で信頼関係ができるはずもありません。逆に強い軋轢を生むことになります。その一方で、本件でもそうだったのですが、児相側が真相を見極めようとする訳でもありません。「原因不明である以上、対策が取れないから分離」の一点張りです。その結果、親子分離も面会制限も長期化してしまうのです。

 児相には、親子分離、面会制限が、「児童及び保護者の権利等に対する重大な誓約を伴うものであるし、児童と保護者の分離によって児童の安全が確保され、その福祉を保障できる場合がある一方で、分離が長期化することによって再統合が困難になるなど、分離によって児童の福祉が侵害される場合もあり得る」(判決)という発想が抜け落ちているのです。親子分離、面会制限は、それだけでは「チャイルドファースト」とはいえません。むしろ形を変えた国家による「虐待」となりうることを忘れてはなりません。

 判決は、面会制限の法的根拠についても重要な判断を示しています。親子分離された多くの保護者が勘違いしたまま、親子分離された以上、児相による面会制限はやむを得ないものと思い込んでいます。児相側は「会えません」というだけで、その法的根拠を説明しようとしないからです。実はそうではありません。児相が強制的に面会制限が可能なのは、児童虐待防止法12条に基づく「行政処分」という手続が行われた場合だけです。その処分は、「児相虐待を受けた児童」について、「当該児童虐待を行った保護者」との面会を制限するのですから、「児童虐待」の事実が具体的に認定される必要があります。本件の母親もそうですが、「虐待」の認定はされているわけではなく、実際に「面会制限の行政処分」は行われていません。では、それにもかかわらず、どのような法的根拠で児相は面会制限を続けたのでしょうか。実は、「行政指導」なのです。判決が述べるとおり、行政指導による面会制限は、「飽くまで相手方の任意の協力によって実現しなければならないから(行政手続法2条6号、32条1項)、保護者の同意(黙示的又は消極的な同意も含まれ得る。)に基づく必要があり、強制にわたってはならない」のです。実務では、児相側はそのような説明をしないまま、一方的に「会えません」と宣告し、どうすればいいかわからないまま多くの親が引き下がってしまいます。親が引き下がってしまうと、「行政指導に従った」とみなされてしまうのです。

 本件の母親は、児相に対し、粘り強く面会制限の法的根拠を尋ね、そして赤ちゃんとの面会を求め続けました。にもかかわらず約5か月にわたった事実上の面会制限について、判決は「法令上の根拠に基づかない強制的な面会制限」であったと認め、違法と判断したのです。

 なお、大阪府は、控訴審において、児童相談所長は一時保護をされた場合に「監護のための必要な措置」ができるとされていることから(児童福祉法33条の2第2項)、「強制力を有する行政指導が存在するかのような主張」もしましたが、判決は、「行政指導の一般原則について定めた行政手続法32条1項に照らしておよそ採用し難い」と斥けました。

まず、大阪府、児童相談所には、「とにかく親子分離・面会制限」の発想に縛られた「思考停止」に陥っていないか、十分に反省、検証をしていただきたいと思います。

日弁連シンポジウム「積極的な医療検査により冤罪を防ぐ質量分析・遺伝子解析の結果無罪となった虐待疑い2事例」8月18日18時開催

【会場参加】 弁護士会館2階講堂「クレオ」BC  開場は17時45分を予定しています。
【オンライン配信】IBM video streaming

■参加費・受講料  参加費用無料・事前申込制

近時の無罪事例を題材に、特にSBS虐待疑い案件における問題点を提示し、刑事事件全般に通じる、受傷原因の検討対象(先進医療)について紹介します。後半のパネルディスカッションでは、虐待問題に関する近時の動向として、海外の議論状況や、厚労省の手引き改定についても取り上げる予定です。奮ってご参加ください。なお、参考文献としてブックレット「赤ちゃんの虐待えん罪」も是非ご参照ください。

●事前申込フォーム

https://form.qooker.jp/Q/auto/ja/818iryoensm/0818enzai/

■参加対象・人数 どなたでもご参加いただけます。(会場定員:150名)
■内容
1 基調講演  
(1)SBSを中心とする虐待疑い事案の問題点 宇野裕明会員(大阪弁護士会)
(2)担当した2事例の報告 川上博之会員(大阪弁護士会)
   岡本伸彦医師(大阪母子医療センター 遺伝子診療科)後藤貞人会員(大阪弁護士会)
2 パネルディスカッション「虐待問題に関する近時の動向」  
  パネリスト 秋田真志会員(大阪弁護士会) 笹倉香奈氏(甲南大学教授)古川原明子氏(龍谷大学教授) 徳永光氏(獨協大学教授)
  コーディネーター  陳愛会員(大阪弁護士会)
■申込方法
 会場参加(定員150名)・オンライン配信とも事前申込みをお願いします。
(※申込期限:8月15日(火)まで。定員になり次第、締め切ります。)
オンライン配信の視聴URLと配布資料は当日までにEメールでご案内します。

日弁連刑事弁護センター「SBS/AHTが疑われた事案における相次ぐ無罪判決を踏まえた報告書」を公表

日弁連が、刑事弁護センターが作成した「SBS/AHTが疑われた事案における相次ぐ無罪判決を踏まえた報告書」を日弁連のホームページで公開しました。このブログでも紹介してきた多くの無罪判決を分析したものです。有罪率が99.9%とも言われる日本の刑事裁判において、SBS/AHTという同種類型でこのように無罪判決が相次ぐことは、未曾有の事態というべきです。どの無罪判決も、検察側が依拠した医学的見解を非常に丁寧に検討した上で無罪の結論を導いており、それらを通覧すれば、医学的所見のみで虐待と認定することの危険性が浮き彫りとなります。報告書は、そのような無罪判決とともに、国内外の議論状況の分析も踏まえて、SBS/AHT仮説による冤罪リスクを指摘しつつ、次のように述べます。「冤罪は究極の人権侵害であり、権力犯罪でもある。冤罪被害者は、時間だけでなく、信頼や人間関係、財産などを奪われる。その多くは取り戻すことができない。冤罪の結果、長期間の誤った親子分離や家族関係の崩壊に至った悲しい事例も、現に存在する。虐待と同様、冤罪も絶対に許されないのである」。是非、全文をお読みください。

また内因が関与した可能性を肯定ー2023年3月17日大阪地裁無罪判決の意義;親子分離の硬直化を回避すべき

速報がなされましたが、2023(令和5)年3月17日、大阪地裁第15刑事部(末弘陽一裁判長、高橋里奈、小澤光裁判官)は、SBS/AHT仮説に基づき、生後2か月の乳児に「激しい揺さぶりなどの暴行を加えた」などとして、傷害罪に問われた赤阪友昭さんに対し、無罪判決を言い渡しました。赤ちゃんが急変し、急性硬膜下血腫や眼底出血の頭蓋内出血が認められたことから、検察官は「激しい揺さぶりなどの暴行」=虐待と決めつけたのですが、本判決は、内因が関与したことによって軽微な外力によって頭蓋内出血が生じた可能性を認めたのです。このように内因が関与することによって、軽微な外力または外力がなくても頭蓋内出血が生じることは繰り返し報告されてきています。東京地裁立川支部2020年2月7日判決控訴審東京高裁2021年5月28日判決)、大阪地裁2020年12月4日判決新潟地裁2022年5月9日判決などは、いずれも内因と軽微な外力が重なった事例と考えられます。大阪地裁2019年1月11日判決山内事件、そして現在控訴審で係争中の今西事件は、内因のみによって頭蓋内出血が生じた事例です。

赤阪さんの事件を報じる関西テレビの報道ランナー

 

 赤阪さんの事件では、赤ちゃんは急変の数日前から風邪様の症状がでていたことが確認されています。そして、心機能の低下やCK-MBという心筋傷害を示す数値の上昇が見られたことから、心筋炎発症の可能性が指摘されたのです。これは、弁護側が心臓突然死の可能性を指摘している今西事件と非常によく似ています。さらに赤阪事件で重要だったのは、赤ちゃんの精密検査から「先天性グリコシル化異常症」という血液凝固異常につながる疾患に罹患している可能性も指摘されたことです。凝固異常が生じると、頭蓋内出血などを生じやすくなります。そうだとすれば、「頭蓋内出血があるから激しい揺さぶりなどの強い外力に違いない」という検察側の主張は根拠を失います。この凝固異常は、山内事件今西事件でも問題になりました。安易に外力だと決めつける姿勢は改められなければならないのです。

 注意しなければならないのは、検察側も内因の可能性を検討しなかった訳ではないことです。検察側には、多くの医師が協力しています。しかし、先天性グリコシル化異常症の可能性を指摘した医師はいませんでした。先天性グリコシル化異常症が一般の医師には知られていない非常に稀な疾患であることも事実です。これまでのSBS/AHTをめぐる裁判では、稀な疾患を除外診断の対象にしなかったことを、「そんなことは滅多にない」などと正当化しようとした検察側医師もいました。しかし、稀な疾患であることは無視してよいことにもなりませんし、その可能性を指摘できなかったことの言い訳にもできません。稀であっても、1億2000万人の人口を抱える日本のどこかでは、必ずその稀な疾患は生じているのです。山内事件の静脈洞血栓症も、今西事件の心臓突然死も、いずれも稀な事象ですが、必ず日本のどこかで発生するのです。稀な疾患だからと言って無視すれば、稀な疾患から生じる頭蓋内出血はすべて虐待になってしまいます。さらに、医学が進んだとは言え、すべての内因が解明されているわけではありません。SBS/AHTの事例ではありませんが、大阪地裁2022年12月2日判決(篠原遼さんの事件)も、稀な疾患が虐待だと疑われて、無罪となった事件です。よくある疾患が除外できたから虐待だ、と決めつけるのは、深刻な冤罪を生む可能性があるのです。

 実は、近時の検察官の起訴には、このような安易な除外診断をもとにしたものが多いのです。当プロジェクトには、全国各地の弁護士や保護者の方からの相談が相次いでいますが、検察官は、低位落下や転倒などの外力のエピソードがある事例の起訴には慎重になっていることが窺えます(但し、今でも1m以下の低位落下では重篤な傷害は生じないと考えている医師もいるようです。また厚労省の「子ども虐待対応の手引き」の問題ある記述も改訂されていません)。しかし、そのようなエピソードを保護者が語らない場合、「内因が見当たらないから虐待」として起訴するという例が、今なお多く見られるのです。赤阪さんの事件の反省に立って、検察官にはその起訴の在り方をもう一度見直す必要があるはずです。

 なお、赤阪さんの裁判の中では、検察側証人ですら、「一般に、乳児の場合、どれだけの力をかけたら架橋断裂するのかの下限値は、まだよく分かっていないところがある」「DBCL(硬膜の一番下の層である硬膜境界細胞層のこと)内に、静脈叢(DBCLの中の上の方の層で血管が多数存在しているところ)からの漏出液がわずかでも貯留している可能性があると、本来、剥離しやすいDBCLは、軽微な頭部の衝撃によって容易に裂けて剥がれ、この際に、硬膜静脈叢や架橋静脈を損傷して、硬膜下血腫が発生することがある」「眼底出血が生じる外力の程度・閾値については有力な基準がない」「外力の程度について、1秒間に何回(の揺さぶり)といった具体的数値に置き換えるほどには医学の技術が進んでいない」などと証言していました(判決)。これらの証言は、一定の医学的所見から、その原因を「激しい揺さぶり」や「強い外力」=虐待だと推定するSBS/AHT仮説の前提そのものを揺るがせるものです。

 赤阪さんの事件では、もう一つ重要で深刻な問題がありました。報道ランナーが詳報したとおり、虐待の疑いによる硬直した親子分離、さらには夫婦の面談まで禁止した保釈条件や児童相談所の対応です。赤阪さんは、赤ちゃんのきょうだいや無実を信じる妻とすら面談できず、別々に暮らさなければならなかったのです。無罪判決は、赤阪さんについて「在宅しているときには子育てに関与するなどしていたのであり、…このような被告人が、本件当日、家族で夕食をとった後、妻も隣室にいる状況で、A(赤ちゃん)が泣き出したからといって、激しい揺さぶり行為に及ぶような苛立ちや怒りを抱く心理状態にあったとは直ちには考え難い。むしろ、被告人は、…Aの容態が急変したことを認識して妻に知らせ、…119番通報し、Aがずっと泣いていたが、途中で呼吸がおかしくなって泣くのをやめてしまった状態であることなどを説明しているのであり、実際にそのような状況にあったことを否定することは困難である…。…これらの事情によれば、社会的な事実としても、被告人がAに対し生活上許容されない激しい揺さぶりなどに及ぶ動機等は存在せず、(検察官が)主張するような不法な有形力の行使に及んだとすることには、多大な疑問があるというほかない」と述べています。そして、判決の言い渡しを終えるにあたって、末弘裁判長は、赤阪さんに対し「今日を区切りに家族との穏やかな日常を取り戻されることを切に願っています」と語りかけたのです。しかし、赤阪さんが家族との絆を奪われた5年間は取り返すことはできません。虐待防止を訴える立場からは、「疑いがある以上、親子分離は当然だ」「チャイルドファーストこそを考えなければならない」という声が聞こえてきます。そして、「SBS/AHTの医学的妥当性は国際的な共通認識である」「疑問を投げかける議論には医学的根拠がない」という主張にも根強いものがあります。確かに、虐待防止は大切です。しかし、不確かな医学的見解に基づく誤った親子分離と硬直な対応は、決してチャイルドファーストではありません。どれだけ声高に共同声明を持ち出したところで、医学的妥当性は、政治的な声明や多数決で決まるものではありません。エビデンスこそが重要です。そして、多くのエビデンスによってSBS/AHT仮説の科学的根拠が揺らいでいるのです。積み重なる無罪判決を踏まえて、冷静で、建設的な議論が求められているはずです。