ニュージャージー州でのSBS無罪判決

2018年8月17日、ニューヨークのお隣にあるニュージャージー州の重罪裁判所(Superior Court 日本での地方裁判所にあたります)が、SBS事案で虐待を疑われた父親に対し、無罪判決を言い渡しました。

この裁判では、検察側の専門家証人と弁護側の専門家証人がそれぞれ証言し、SBS仮説の信頼性や、状態がおかしくなった赤ちゃんを揺さぶったり、お尻を強めに叩いたという父親の「自白?」をどう評価するかが問題になりました。

 この事件では、病院に搬送された生後11週(3カ月弱)の赤ちゃんに硬膜下血腫や網膜出血が認められました。一緒にいた父親から、被害児には明確な外傷エピソードが語られませんでしたが、赤ちゃんの体には他に外傷等虐待を疑う所見もありませんでした。2014年のスウェーデン最高裁の無罪判決と非常に似た事例です。むしろ父親は、調子のおかしくなった赤ちゃんを心配して、母親に相談するメールなどを送っていました。

検察側の中心的な専門家証人は、虐待小児科医のマリア・マックコルガン医師でした。マックコルガン医師は、”被害児が負った傷害について、説明可能な原因や医学根拠が示されない限り、非事故(虐待)的な外傷である”と証言したのです。

しかし、モハメッド裁判官は、「検察官証人が結論として述べた”被害児が負った傷害について、説明可能な原因や医学根拠が示されない限り、非事故(虐待)的な外傷である”との説明は、検察官が負うべき立証責任を、潜在的に弁護側に転換するものだ」(Dr. McColgan’s conclusory statement that P.J. suffered non-accidental trauma, “absent another explainable cause or medical condition of P.J. ‘s injuries,” has the potential effect of shifting the burden of proof to a criminal defendant, when he has none.)とした上で、「彼女の供述は、大いに問題であり、予断に満ちたものであって、採用できない」(the Court finds Dr. McColgan’s statement
that she concluded non-accidental trauma absent another explainable cause or medical condition of P.J. ‘s injuries to be highly problematic and highly prejudicial. As such, the statement is not admissible.)としました。

そして、エドモンズ再審判決、スウェーデンSBUの系統的レビューバーンズ医師の論文なども引用し、詳細な判断を示して、無罪を宣告したのです。

例えば、マックコルガン医師の証言について、「多くの科学の発展ー生体力学モデルや動物を使った研究や、被告人の行為によって被害児の傷害が生じたものではないことを示唆する医学文献ーによって、その根底が揺らいでいる」としました。そして、「新たな研究は、網膜出血の数多くの原因可能性を明らかにした。さらに、新たな科学は、被害児が負っていたような慢性硬膜下血腫が、軽微な外力あるいは外力がなくても、再出血して脳に傷害を与えることを明らかにしている」とも述べました。

  Dr. McColgan’ s conclusion is undermined by a number of scientific developments: studies using biomedical models, studies using animal models, and medical literature that suggest that P.J. ‘s injuries could not have· resulted from the Defendant’s actions. They further opined that new and emerging research has uncovered a number of possible causes of retinal hemorrhages. Additionally, they opined that emerging science has revealed that chronic subdural hematomas, like the ones that P.J. had, may rebleed with little to no trauma, causing further brain injury.

つまり、網膜出血や硬膜下血腫から、虐待的な揺さぶりがあったと推測するSBS仮説には、十分な医学的根拠がないとして無罪と判断したのです。2018年5月にアメリカの虐待小児学会の医師たちは「医学的疾病としてのAHTを診断する方法論については論争はない」(There is no controversy about the methodology used to diagnose AHT as a medical disease.)などとする共同声明を発表し、日本小児科学会もこれに賛同しています。しかし、この判決も詳細に述べているとおり、論争はないどころか、次々と疑問が明らかになってきているのです。

日本の裁判でも、このような判断を是非参考にしてもらいたいものです。

9 replies on “ニュージャージー州でのSBS無罪判決”

  1. 海外では論争があり問題が明らかになっているのに、、、
    児相に制度を運用させている厚労省も現行制度を見直して不用で有害な親子分離を生まない虐待対策に変わって欲しいです。

  2. […] 2018年8月17日のニュージャージー州での無罪判決に引き続いて、アメリカ オハイオ州の控訴審裁判所が、2018年10月5日、一審の陪審有罪判決を破棄し、再審理を命じました(IN THE COURT OF APPEALS OF OHIO SIXTH APPELLATE DISTRICT SANDUSKY COUNTY/State of Ohio v. Chantal N. Thoss /Court of Appeals No. S-16-043 Trial Court No. 15 CR 57)。 […]

  3. […] 2018年8月17日のニュージャージー州での無罪判決に引き続いて、アメリカ オハイオ州の控訴審裁判所が、2018年10月5日、一審の陪審有罪判決を破棄し、再審理を命じました(IN THE COURT OF APPEALS OF OHIO SIXTH APPELLATE DISTRICT SANDUSKY COUNTY/State of Ohio v. Chantal N. Thoss /Court of Appeals No. S-16-043 Trial Court No. 15 CR 57)。 […]

  4. […] 2018年8月17日のニュージャージー州での無罪判決に引き続いて、アメリカ オハイオ州の控訴審裁判所が、2018年10月5日、一審の陪審有罪判決を破棄し、再審理を命じました(IN THE COURT OF APPEALS OF OHIO SIXTH APPELLATE DISTRICT SANDUSKY COUNTY/State of Ohio v. Chantal N. Thoss /Court of Appeals No. S-16-043 Trial Court No. 15 CR 57)。 […]

  5. […] MS破棄判決だけではありません。ニュージャージ州一審裁判所(裁判官裁判)は、2018年8月17日の無罪判決の中で(SUPERIOR COURT OF NEW JERSEY Bench Trial of State v. Robert Jacoby Ind. No. 15-11-0917-1。以下、「NJ無罪判決」といいます)、フライ基準について詳細に検討した上で、SBS仮説に基づいて証言した検察側証人(Dr. McColgan)の証言について、次のように述べました。「彼女のいくつかの結論及び意見は、権威ある医学的文献や関連する科学的及び医学的コミュニティの支持が不足している。例えば、Dr. McColganは、最近の科学的及び医学的文献やDr.Scheller及びDr.Galaznikの見解に示されているように、それが科学的及び医学的コミュニティの間でコンセンサスと支持が拡がりつつあるように見えるにもかかわらず、被害児の傷害の原因として、よく知られたいくつかの原因を否定した。とりわけDr. McColgan自身の信頼性や証言について、州検察官は、彼女の意見に一般的承認があることを示す証拠を追加しなかった。彼女の証言を支持する、他の専門家証人も、医学文献も、他の証拠も何ら提出しなかったのである」(The Court finds some of her conclusions and opinions lack support in authoritative medical literature and in the relevant scientific and medical community. For instance, Dr. McColgan rejected some well recognized causes for P.J. ‘s injuries, even though there appears to be growing consensus and support among the scientific and medical community as reflected in the recent scientific and medical literature and expert opinions of Dr. Scheller and Dr. Galaznik. Besides Dr. McColgan’ s own credentials and testimony, the State did not provide any additional evidence that her expert opinion is generally acceptable. The State did not offer additional expert testimony, medical literature, or any other evidence to support Dr. McColgan’s conclusions.)。NJ無罪判決の判断も、MS破棄判決と軌を一にするものであることがお判りいただけるでしょう。なお、念のために言えば、この無罪判決で言及されているDr. Schellerは、NM排除決定で証言を排除されてしまった医師です。しかし、NJ無罪判決で引用された同医師の証言は、多くの医学文献とも整合し合理的なものです。ただ、ここで問題にしたいのは、アメリカの裁判例は、決してNM排除決定が唯一絶対のものではなく、むしろ、SBS/AHTをめぐる医学論争を前に、大きく揺れ動いていることです。 […]

  6. […] 2018年8月17日のニュージャージー州での無罪判決に引き続いて、アメリカ オハイオ州の控訴審裁判所が、2018年10月5日、一審の陪審有罪判決を破棄し、再審理を命じました(IN THE COURT OF APPEALS OF OHIO SIXTH APPELLATE DISTRICT SANDUSKY COUNTY/State of Ohio v. Chantal N. Thoss /Court of Appeals No. S-16-043 Trial Court No. 15 CR 57)。 […]

アメリカ オハイオ州でもSBS有罪判決を破棄 | SBS(揺さぶられっ子症候群)を考える へ返信する コメントをキャンセル

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