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SBSへの疑問ーSBS(AHT)理論の詳細とその問題点

概要

乳児揺さぶられっ子症候群(SBS)については、わが国では、アメリカやイギリスで仮説として提唱された医学理論が虐待論に結びつけられ、 近時多くの事例が訴追されるに至っています。しかし、これらSBS論の発祥の地であるイギリス、アメリカをはじめカナダ、スウェーデンなどでは、このSBS論に対する批判が強まり、 根拠が十分ではない一仮説にすぎないことが確認されています。そして、SBS仮説のみを根拠に訴追された多くの事件について再審等の見直しが進められ、現在ではSBS仮説のみを根拠に訴追がなされるべきではないことが定説となりつつあります。
ところが、わが国では、これらSBS仮説に対する批判はほとんど紹介されていないのが現状です。わが国での訴追の多くは、SBS仮説のみを根拠としていますので、SBS仮説をめぐる問題点の概略について説明します。

各国で揺さぶられっ子症候群(SBS)の理論(仮説)が否定されつつある状況

1 アメリカ合衆国
 SBS仮説は、1971年に発表されたイギリスのNorman Guthkelch医師の説(参考文献1)に影響を受けたものです。同医師は、目立った外傷がないにもかかわらず乳幼児の硬膜下血腫が見られる例があることに注目し、「硬膜下血腫があった場合には、その乳児が揺さぶられた可能性を考慮すべき」との説を提唱しました。このGuthkelch医師の説を受けて、1974年に、アメリカの小児放射線科医John Caffey(参考文献2)が、硬膜下血腫、網膜出血があれば、 揺さぶり行為によるものと考えられるとする仮説「揺さぶられ乳児症候群(SBS)」理論を提唱しました。
 その後1980年代から1990年代にかけて、アメリカ国内においてSBS理論は、硬膜下血腫、網膜出血に加えて脳障害(但し、脳障害の内容は、「脳浮腫」とされたり「意識障害」とされたりなど、論者によって一定しません)を三徴候とし、「三徴候が生じた事例では、しばしば養育者は低位落下によりこのような事態が生じたと説明するが、低位落下では三徴候が生じないのであって、低位落下によるとの養育者の説明は虚偽である」との議論と結びつき、「三徴候がある場合で、他の死亡、傷害の原因が発見できない場合には、揺さぶられたことにより死亡、傷害が生じたと推定できる」さらには、「傷害を負った被害児に最後に接していた養育者が揺さぶりによる加害をあたえたものと推定できる」とのSBS虐待論が展開されました。 この議論に基づき、多くの養育者が訴追されることとなったのです。
 しかし、1990年前後ころから、SBS理論に対する疑念が次々と指摘されるようになりました。
 1987年、Ann Christine Duhaime(神経外科医)は、揺さぶりによってかかる力を測定し、乳幼児について許容される力の閾値と比較した結果、 揺さぶりのみでは三徴候は生じない、揺さぶりによってかかる力では乳幼児に致命傷を与えることができないと結論づけました(参考文献3)。
 2001年、John Plunkett(法医学者)は、低位置からの落下事例やそのメカニズムを研究し、低位落下によっても三徴候が生じることを明らかにしました(参考文献4)。
 2005年、Faris A.Bandak医師が、生体工学の観点から、「揺さぶり」による衝撃が乳児の傷害にどのような影響を与えるかを研究した結果、揺さぶりによる頭部の加速度は、 乳児の頸部に重篤な傷害を与えるはずであるにもかかわらず、SBSとして報告されてきた事例ではまれにしか頸椎の傷害が報告されておらず、SBSの診断そのものに疑念があると結論づけました(参考文献5)。
 また、生物工学の専門家であるJohn Lloyd氏は、2011年、ダミー・マネキンを用いて行った実験により、 「成人による乳児人形の揺さぶりは、一般に幼児の硬膜下血腫及びびまん性軸索損傷の最低限の閾値として受け入れられてきた角加速度にすら到達しないことを明らかにし」 「激しい揺さぶりにせよ、蘇生の際の揺さぶりにせよ、それ以前に健康であった乳幼児において、びまん性軸索損傷、網膜血腫、スキーシス、網膜皺壁、あるいは硬膜下血腫の主要な原因とはなり得ない」と結論づけました(参考文献6)。
 そして、これらの批判もあり、現在では、SBS理論は十分な医学的根拠なく提唱された仮説にすぎないと考えられるようになってきています。
 ワシントンポスト紙が2015年に行った調査報道によれば、アメリカでは、2001年以降に子どもが死亡し、あるいは傷害を負った事例で、SBS仮説に基づいて捜査の対象となったり、 起訴されたりして刑事事件となった事例は2000件以上ありますが、そのうち213件で、起訴取下げ、起訴取り消し、無罪の言渡し、有罪判決の破棄のいずれかになったとされています。

2 イギリス
J. F. Geddes(神経病理学医)らの研究において、虐待によって死亡したとされた53人の乳幼児の神経組織を検査したところ、 78%が呼吸停止あるいは呼吸困難、84%が低酸素脳症を発症していたことが確認され、SBSとされた子どもの頭部外傷37件における脳障害・脳浮腫のうち75%は、 低酸素状態によってもたらされたことが明らかにされました。また、同医師らは、低酸素脳症が硬膜下血腫や網膜血腫の原因となりうるとしました(参考文献7)。 すなわち、三徴候は揺さぶり以外にも生じる原因があり、三徴候が揺さぶりの証拠であるとのSBS理論が、根底から覆されることになったのです。
2004年、法務長官が、乳幼児の殺人事件に関する調査を命じ、297件(そのうち89件が揺さぶり行為によるとされたもの)について調査が行われた結果、 28件について、有罪判決に問題があるとされました。2005年7月21日に言い渡された控訴院判決(Rv. Harris 2005 EWCA 1980、 CT. App. Cim. Div)は、三徴候があったとしても、 それらが直ちに揺さぶりを原因とするものとは言えない、三徴候以外に虐待を示す証拠がない場合には、被告人が揺さぶりで死傷結果を生じさせたことには合理的な疑いが残ると判示しています(参考文献8)。
そして、何より2011年にSBS仮説のきっかけになったGuthkelch医師が、「(揺さぶりが)硬膜下出血又は硬膜下の再出血のきっかけになった可能性はある。 しかし、可能性があるからといって、説明がつかない硬膜下出血(それが網膜出血や脳障害を伴う場合も、そうでない場合も)が激しい揺さぶりやその他の虐待によって生じたという推測をするべきではない」 「『犯人』を探し出すこと(乳児と最後に⼀緒にいた人に責任を押し付けること)に力を注ぐべきでない」「過去40年間、乳児の網膜・硬膜出⾎については多くのコメントがおこなわれてきた。 しかし事実はいまだ解明されていない。根拠のない仮説を繰り返すのではなく、病理についての新たな研究をする必要がある」などと、SBSが仮説にすぎないことを明確に認めた上で、SBS仮説に基づく訴追に強い警告を発する論文を発表したのです(参考文献9)。

3 カナダ
2005年、オンタリオ州において元最高裁判事のStephen Goudgeを委員長とする委員会が組織され、2008年に報告書が公表されました(参考文献10)。 同報告書では、「三徴候それ自体がSBSの特徴であるとの支配的だった見解はもはや支持されない」「現在では15年前には生じ得ないとされた低位落下によっても、 稀とは言え致死的な傷害が生じうるという見解が支配的である」「1990年代前半や中盤でのSBSをめぐる議論は今や明らかに論争的となっていることを、ほとんどの専門家が同意している」などとして、 三徴候に基づくSBS仮説によって有罪とされたすべての事件を見直すようにとの提言がなされました。

4 スウェーデン
2014年、最高裁判所判決において、「三徴候の存在が暴力的な揺さぶりの強い証拠になるという主張は、すでに1960年代後半に見られた。 しかし、それを支える医学的な主張は脆弱なものであった。にもかかわらず、その主張は一般的に受け入れられ、証拠のないまま数十年にわたって医学的な真実とされるに至った。 多くの硬膜下血腫が、暴力行為によるものではなく、他の機序によって生じたものであることが現在明らかにされている」「暴力的な揺さぶり行為の診断に関する科学的根拠は不確実である」と判示され、 SBS仮説に基づき1審・2審で有罪にされた父親に逆転無罪判決を言い渡しました(参考文献11)。
2016年11月、上記最高裁判決においても言及されている「医療技術評価協議会」(SBU)の調査報告書が発表されました。 同報告書では、三徴候のみで虐待の有無を判断できるかどうかという問題について、約3700件の文献を調査した結果、十分な医学的根拠はないとされました(参考文献12)。

5 日本における状況
1964年、中村紀夫医師の研究により、転倒や低位落下によっても硬膜下血腫等の頭部損傷が生じることが明らかにされていました(参考文献13)。
ところが、2000年以降、アメリカ合衆国における議論の影響で、日本国内でSBS仮説に基づく虐待論が、一部の医師によって強く提唱されるようになり、 2010年ころからは、これら医師の鑑定に基づき、警察・検察が、養育者を積極的に訴追するようになりました。
これらの日本の鑑定においては、1990年頃から明らかになったSBS仮説に対する強い批判は、全くと言っていいほど考慮されておらず、 三徴候があれば揺さぶりと断定して良いかのような、すでに諸外国では明らかに否定されたSBS理論がそのまま用いられています。
わが国でも、一部の脳神経医師は、このような傾向についての疑問も指摘しています。 例えば、脳神経外科医である青木信彦医師は、「遅れてSBSの概念が導人されたわが国では、現在でも『硬膜下血腫+眼底出血=虐待』という図式が一’般的となっている。これは虐待の見逃しによる悲惨な結果に対する反省からの対応ではあるが、児童虐待については『疑わしきは罰する』という傾向により、誤って虐待の加害者と判定された両親の心的外傷もきわめて大きなものがあり、少なくともその家族にとっては生涯にわたり負の遺産となっている。その誤診の原因として、わが国で1960年代から脳神経外科関連で多数報告されてきた乳幼児型急性硬膜下血腫(中村1型)が他の診療分野では十分に認歳されていないという実態が注目されている」(参考文献14)と指摘しています。小児脳神経外科の西本博医師らは、「虐待による症例とは別に軽微な外傷によるASDH(中村の血腫1型)が存在するかについては、以前から欧米からの報告者との間で論争が続いており、 いまだに解決されていない。本来外傷の原因が通常の事故によるのか、虐待によるのかは純粋に医学的な問題ではなく、 社会的な問題であり、医学的検討のみでは両者を完全には鑑別し得ない可能性も高い」 「今回の検討結果を踏まえても、現在の段階ではASDHの原因がaccidental entryによるのか、虐待によるのかを医学的に客観的に判定する確実な方法はない」とし(参考文献15)、 やはり脳神経外科医として著明な荒木尚医師は、「Duhaimeらは人形モデルを用いた受傷メカニズムの検討により、 単純な揺さぶりのみでは脳損傷を起こすに十分な外力となりえないと主張している。またBandakらはいわゆるSBSの3徴候を起こすために必要な外力が乳児に作用した場合、 脊椎損傷を合併する閾値をはるかに超過するはずであると報告している」 「本邦では父親による殴打が多いが、比較的体格の小さな日本人女性が、乳児を抱えあげ脳損傷を加えるほどの揺さぶりを与えることは理論上不可能に近いと述べている」(参考文献16)と述べ、それぞれ冷静な紹介、指摘をしています。しかし、わが国で警察、検察が依拠するSBS肯定派の医師たちにおいては、これらの指摘は無視されているばかりか、3メートル以上の落下が認められない以上、SBSと診断して良いなどという、医学的・生物工学・確率論いずれの観点からも根拠の乏しい議論がなされているのが現状です。

参考文献
(1)
A.N.GUTHKELCH
“Infantile Subdural Haematoma and its Relationship to Whiplash Injuries”(British Medical3Journal, 1971,2,430-431)

(2)
John Caffey, M.D
“The Whiplash Shaken Infant Syndrome Manual Shaking by the Extremities With Whiplash~Induced Intracranial and Intraocular Bleedings, linked With Residual Permanent Brain Damage and Mental Retardation”(PEDIATRICS Vol. 54 No.4, October 1974)

(3)
ANN-CHRISTINE DUHAIME, M.D., THOMAS A. GENNARELLI, M.D.LAWRENCE E. THIBAULT, Sc.D., DEREK A. BRUCE, M.D.,SUSAN S. MARGULIES, M.S.E., AND RANDALL WISER, M.S.E.
“The shaken baby syndrome A clinical, pathological, and biomechanical study” (J Neurosurg 66:409-415,1987)

A. C. Duhaime, MD; A. J. Alario, MD; W.J.Lewander, MD; L. Schut,MD; L. N. Sutton, MD; T. S. Seidl, MSWt; S. Nudelman RN§; D. Budenz,MOil; R. Hertie, MOil; W. Tsiaras, MO; and S. Loporchio, MO
“Head Injury in Very Young Children: Mechanisms, Injury Types, and Ophthalmologic Findings in 100 Hospitalized Patients Younger Than 2 Years of Age”( PEDIATRICS Vol. 90 No.2 August 1992 179

(4) 
John Plunkett, M.D.
”Fatal Pediatric Head Injuries Caused by Short-Distance Falls”(The American Journal of Forensic Medicine and Pathology 22(1):1–12, 2001.)

(5) 
Faris A. Bandak
“Shaken baby syndrome: A biomechanics analysis of injury mechanisms” (Forensic Science International 151 (2005) 71–79)

(6) 
John Lloyd, Edward N. Willey, John G. Galaznik, William E. Lee III, and Susan E. Luttner
“Biomechanical Evaluation of Head Kinematics During Infant Shaking versus Pediatric Activities of Daily Living”(Journal of Forensic Biomechanics Vol. 2 (2011), Article ID F110601, 9 pages)

(7) 
Geddes JF, Hackshaw AK, Vowles GH, Nickols CD, Whitwell HL.
”Neuropathology of inflicted head injury in children. I. Patterns of brain damage” (Brain. 2001 Jul;124(Pt 7):1290-8).

J. F. Geddes, G. H. Vowies, A. K. Hackshaw, C. D. Nickois, S. Scott and H. L. Whilwell
“Neuropathology of inflicted head injury in childrenⅡ Microscopic brain injury in infants”(Brain (2001), 124, 1299-1306)

J. F. Geddes, R. C. Tasker, A. K. Hackshaw, C. D. Nickols, G. G. W. Adams, H. L. Whitwell and I. Scheimberg
“Dural haemorrhage in non-traumatic infant deaths:does it explain the bleeding in ‘shaken baby syndrome’?”
(Neuropathology and Applied Neurobiology(2003),29,14–22)

J.F. Geddes, H.L. Whitwell
“Inflicted head injury in infants”(Forensic Science International 146 (2004) 83–88)

(8)
Royal Courts of Justice COURT OF APPEAL (CRIMINAL DIVISION)
Case Nos: 200403277, 200406902,200405573,200302848
Date: 21/07/2005

(9)
A.N. Guthkelch
“PROBLEMS OF INFANT RETINO-DURALHEMORRHAGE WITH MINIMAL EXTERNALINJURY”

(10)
The Honourable Stephen T. Goudge
“The Inquiry into Pediatric Forensic Pathology in Ontario” (OCTOBER 1, 2008)
https://www.attorneygeneral.jus.gov.on.ca/inquiries/goudge/report/index.html

(11) 
Sweden SUPREME COURT'S JUDGMENT 2014 Nov 2翻訳
http://rffr.se/wpcontent/uploads/2014/12/Swedish_supreme_court_20141016.pdf

(12)
SWEDISH AGENCY FOR HEALTH TECHNOLOGY ASSESSMENT AND ASSESSMENT OF SOCIAL SERVICES
”TRAUMATIC SHAKING-THE ROLE OF THE TRIAD IN MEDICAL INVESTIGATIONS OF SUSPECTED TRAUMATIC SHAKING- A SYSTEMATIC REVIEW”(2016)翻訳
http://www.sbu.se/contentassets/09cc34e7666340a59137ba55d6c55bc9/traumatic_shaking _2016.pdf

(13) 中村紀夫
「小児頭部外傷の剖検所見と臨床」(脳と発達第2巻1号22ページ昭45年)
「頭部外傷―急性期のメカニズムと診断」(文光堂昭和61年)

(14)青木信彦「虐待による頭部外傷と診断された乳幼児型急性硬膜下血腫(中村1型)の1例」(小児科診療2013年・12号 127頁)なお、青木信彦、益澤秀明両医師は、1980年代にSBS理論を強く提唱するアメリカの小児科医の英文医学論文に対し反論して、疑念を呈しています。"Neurosergial Forum-Rekate letter,Aoki response"(Journal of Neurosurgery Vol.65 February 1985 316-317)。他に Aoki N, Masuzawa H : Infantile acute subdural hematoma. Clinical analysis of 26 cases. J Neurosurg 61:273-280, 1984, Aoki N, Masuzawa H : Subdural hematomas in abused children: Report of six cases from Japan. Neurosurgery 18:475-477,1986. 同医師らの邦文文献として、青木信彦、益澤秀明「乳幼児急性硬膜下血腫(中村I型)の― 役割―」(1981年)青木信彦「Shaken Baby Syndrome](脳外誌 10巻5号 2001年5月)

(15) 
西本博 栗原淳
「家庭内での軽微な外傷による乳児急性硬膜下血腫の再評価」(小児の脳神経 VOL.31 NO.3 215 2006)

(16) 
荒木尚 横田裕行
「児童虐待における頭部外傷の脳神経外科的アプローチ」(脳と発達 第41巻3号175ページ2009)


SBS検証プロジェクト

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