脳浮腫の原因はびまん性軸索損傷か?

医学専門的な話になってしまいますが、SBSをめぐる刑事裁判で、「暴力的な揺さぶりがあった」と決めつけようとする検察側証人の医師は、三徴候の一つとされる「脳浮腫」の原因について、「揺さぶりによって、びまん性軸索損傷が生じたのだと推定する」と強調します。

「びまん性軸索損傷」というのは、簡単に言うと、脳の中の広い範囲で(医学的にはそのような場合を「びまん」といいます)、神経が切れてしまうことです。もし、虐待によって、このようなびまん性軸索損傷が起こったとするのであれば、それは大変なことです。

しかし、「揺さぶりによって、びまん性軸索損傷が生じる」という根拠は示されません。「どの程度の揺さぶりによってびまん性軸索損傷が生じるのか」「そもそも揺さぶりによってびまん性軸索損傷は生じるのか」について、何の医学的データもないのです。逆に、イギリスの神経病理医であるゲッデス医師は、脳浮腫を生じた乳児の死亡例を数多く解剖した結果、びまん性軸索損傷はほとんど起こっていないこと、脳浮腫の多くは、低酸素脳症によるものであることを確認しました。

びまん性軸索損傷があったかどうかは、解剖した上で、顕微鏡での病理検査をしてみないとわかりません。ところが解剖していない事例でも検察側証人は、「びまん性軸索損傷だ」と証言するのです。検察側証人も、解剖して顕微鏡で見ないとわからないことは認めます。では、どうして「びまん性軸索損傷が生じた」と言えるのでしょうか。ある医師は「画像で、脳浮腫が短時間でできたことから推認しているにすぎません」と述べました。脳浮腫の原因が問われているのに、脳浮腫ができたことから推認するというのは、スウェーデンのSBU報告書が述べる循環論法そのものではないでしょうか。ちなみに、「びまん性軸索損傷」が生じた場合に、「短時間で脳浮腫ができる」という医学的根拠も示されていません。逆に、一般的には「びまん性軸索損傷」は画像上で可視化される症状はほとんどみられないとされているのです。

4 replies on “脳浮腫の原因はびまん性軸索損傷か?”

  1. […] 想像するところ、以前述べましたように「脳浮腫=びまん性軸索損傷」という前提があるのではないかと思われます。つまり、「脳浮腫=びまん性軸索損傷→びまん性軸索損傷は激しい衝撃がなければ生じない→高位落下でなければ生じない→3メートル以上の落下が必要→3メートル以下の落下の場合は揺さぶり等による虐待だ」という論理です。仮にこの想像が当たっていたとすれば、その論理は正しいでしょうか? […]

  2. […] しかし、そもそもSBS仮説における、揺さぶりでびまん性軸索損傷が生じるとの議論は、証拠がない上、医学的根拠も不十分なものでした。むしろ、揺さぶりではびまん性軸索損傷が起こり得ない、という議論も有力です。そして、三徴候の1つとされる脳浮腫は、びまん性軸索損傷ではなく、低酸素脳症が原因と考えられるという指摘も繰り返しなされてきていました。びまん性軸索損傷論によって揺さぶりだと決めつけようとする議論は、どう考えても論理に飛躍があり、不合理と言わざるを得ないのです。しかし、これまでのSBS仮説に基づく有罪判決にはびまん性軸索損傷論を鵜呑みにしたようなものもありました。その意味で、びまん性軸索損傷論に安易に依拠せず、一線を画した今回の判決は、今後大いに参考にされるべきです。 […]

  3. […] ※ここで広範囲に生じた一次性脳実質損傷とは、びまん性軸索損傷としか考えられないのですが、なぜか検察側医師はその断定を避けます。過去にもびまん性軸索損傷についてこのブログで触れたことがあるのですが、重要な問題なので、別の機会に改めて述べたいと思います。 […]

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