SBS理論は、次のような推論を前提にしています。
①頭部が揺さぶられることによって、硬膜下血腫、網膜出血、脳障害が生じること、②これらの症状は低位からの落下では生じず、少なくともある程度の高さからの落下(例えば3メートルなどと言われます)か交通事故などによらなければ生じないこと、③これらの症状が生じてから赤ちゃんが意識を失ったりするまでの時間は短時間であり、意識清明期はないこと、従って最後に赤ちゃんと一緒にいた者が揺さぶりの「犯人」であること、などです。
しかし、SBS理論に対しては、すでに1990年頃から疑念が呈され始めていました。そして、上記のようなSBS理論の前提に対しては、科学的な観点から批判が向けられているのです。
1987年、アメリカの神経外科医のデュハイムらは、ダミー人形を用いて揺さぶりによってかかる力と、床に落とすあるいは金属の棒にぶつけるなどの衝撃を与えた時にかかる力とを測定し、乳幼児について許容される力の閾値と比較しました。このような実験によって、揺さぶりでかかる力によって乳幼児に致命傷を与えることができないこと、揺さぶりにより頭部にかかる加速度は落としたりぶつけたりする場合の50分の1にとどまることが明らかになりました。デュハイムは、このような結果から「揺さぶりのみ」では硬膜下血腫と軸索損傷は生じないと結論づけたのでした。
イギリスの神経病理学者であるゲッデスは、2001年から2003年にかけての一連の研究で、事故によらない子どもの頭部外傷における脳障害は低酸素状態によってもたらされた可能性があると主張しました。また、頭蓋内圧の亢進、中心静脈と全身動脈の血圧の亢進、未成熟や低酸素症による血管の脆弱性などの様々な要因で硬膜下血腫と網膜出血が起こりうること、つまり三徴候の存在によって揺さぶりの診断をするべきでないという理論を打ち立てました。
アメリカの法医学者であるプランケットは、2001年に低位落下について重要な研究を発表します。
プランケットは低位落下によって三徴候(あるいはその一部)が生じるか否かということを確認するために、米国消費者安全委員会から提供を受けたデータを検証しました。その中には、子どもが遊具から落下し、頭部損傷を負った事例が18件ありました。低位から落下したあと意識清明期があり、その後硬膜下血腫と網膜出血を伴って死亡する例もありました。
つまり、低位からの落下によってもSBS理論の推進論者たちが主張するような症状が出ることがわかったのです。
これらの他にも、生体力学的観点からの研究が行われています。神経外科医のオマヤは2002年の論文で、硬膜下血腫や網膜出血を起こすような激しい揺さぶりがあった場合には、頸の組織や延髄の損傷が起こるはずであることなどを発表しています。2005年のバンダックの研究でも、同様の結論が示されました。
しかしながら、SBSの事案で頸部の損傷がみられることはほとんどないようです。
このように、SBS理論に対しては、様々な観点からすでに批判が向けられているのです。
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*主要な参照文献
A.C. Duhaime, The shaken baby syndrome A clinical, pathological, and biomechanical study, Journal of Neurosurgery 66 at 409-415 (1987)
J.F. Geddes et al., Neuropathology of inflicted head injury in children. I. Patterns of brain damage, Brain 124 1290-8 (2001)
J. F. Geddes et al., Neuropathology of inflicted head injury in childrenⅡ Microscopic brain injury in infants, Brain 124 1299-1306(2001)
J. F. Geddes et al., Dural haemorrhage in non-traumatic infant deaths:does it explain the bleeding in ‘shaken baby syndrome?, Neuropathology and Applied Neurobiology 29, 14-22 (2003)
John Plunkett, Fatal Pediatric Head Injuries Caused by Short-Distance Falls, The American Journal of Forensic Medicine and Pathology 22(1), 1–12 (2001)
A.K. Ommaya et al., Biomechanics and Neuropathology of Adult and Paediatric Head Injury, British Journal of Neuropathology 16 (2) 220-242 (2002)
Faris A. Bandak, Shaken baby syndrome: A biomechanics analysis of injury mechanisms, Forensic Science International 151, 71–79 (2005)
John Lloyd et al., Biomechanical Evaluation of Head Kinematics During Infant Shaking versus Pediatric Activities of Daily Living, Journal of Forensic Biomechanics Vol. 2 (2011)
意識清明期はないから、最後に赤ちゃんと一緒にいた者が揺さぶりの「犯人」だ、という論理が、いつ、どのように、どうしてでてきたのか、よくわからないところがあります。実際には、「犯人」だとされた養育者の多くは、「赤ちゃんが大声で泣いた後、突然意識を失った」などと説明します。ところが、SBS論者や検察官たちは、このような説明を信じようとしないのです。しかし、プランケット医師の調査だけでなく、意識清明期の存在は、小児頭部外傷の研究でよく言及されています(たとえば中村紀夫「頭部外傷ー急性期のメカニズムと診断」文光堂655頁)。犯人決めつけの過程で、このような調査研究は、無視されてしまっているのです。その背景には、おそらく脳浮腫(脳障害)の原因は「びまん性軸索損傷」だという論理(11月26日の投稿をご覧ください)があると思われます。「びまん性軸索損傷」の場合、意識清明期は存在しないとされているからです。しかし、多くの事例で「びまん性軸索損傷」発生の医学的証拠がないことは上記投稿で述べたとおりです。SBS論者たちは、「犯人」を決めつけるために、「意識清明期がない」という論理を持ち出しているようにしか思えません。ここにも、結論先にありきの循環論法が見え隠れしているのです。