Category Archives: 海外の議論状況

SBS仮説における確率論の誤謬

「乳児の場合には,100万人当たり0.48人というのが低所転落からの死亡率と報告されています。」

  これは、あるSBSをめぐる刑事裁判で、検察側証人に立った医師の証言です。その事件では、弁護側は赤ちゃんが7~80センチメートルの高さから落下したと主張していました。これに対し、この証言は、弁護側主張を否定し、“低位落下では死亡事故は滅多に起きない、だからこの事件の被告人も揺さぶりの犯人である”、とする根拠として持ち出されたものです。この医師の証言は、弁護側の主張を覆す意味を持つでしょうか。結論から言えば、そのような意味は持ちません。  Continue reading →

SBS(揺さぶられっ子症候群)とは?~その5(ガスケルチの懸念)

記事「SBS理論の起源」でご紹介したとおり、SBS理論の起源は1970年に遡ります。その理論のもととなったのが、ガスケルチの1971年の論文であると言われています。

ガスケルチは1915年にイギリスで生まれ、2016年に亡くなった小児神経外科医です。1975年に定年退職したあとはアメリカに移住し、1977年から1984年までピッツバーグ子ども病院に、1982年から1994年まではアリゾナ州ツーソンのUniversity Medical Centerに勤めました。

そして、SBS冤罪を訴えている事件において、弁護側に医学的な知見に基づくアドバイスを行うなどの活動もしていたのです。

2011年にはNPR(全国公共ラジオ)の取材にこたえ、子どもの死亡や傷害について他の原因を排除することなく、揺さぶりによる虐待があったという診断が行われてしまっているのではないかという現状への懸念を明らかにしました。そして、いまや分裂してしまっている学会が一丸となって、この問題について科学的な確信を持っていえることは何なのかを明らかにすべきであるといったのです。

翌2012年に発表されたガスケルチの論文(*下記参照)も、SBSを巡る最近の議論状況について以下のように懸念を表明しています(引用箇所にはページ数を記しました)。

〔1〕 三徴候について
ガスケルチはまず、乳児の網膜や硬膜の出血の所見から、揺さぶりその他の虐待を推認することはできない、と明確にいいます。そして、三徴候があるということだけで、他の原因により死亡や傷害が生じたという可能性を検証することなく、訴追が行われてしまったケースがこれまでにあったという指摘を行っているのです。 Continue reading →

12月7日の勉強会の記事がYahoo!ニュースに公開

12月7日木曜日に千葉で開催したSBS検証プロジェクトの勉強会に関する記事がYahoo!ニュースに公開されました。

この問題について取材をされている、ジャーナリストの柳原三佳さんによる執筆記事です。

是非お読み下さい。

柳原三佳さん「虐待ではなく、事故の可能性も…『揺さぶられっ子症候群』を考える」の記事はこちらです。

SBS(揺さぶられっ子症候群)とは?~その4(SBS仮説への疑念)

SBS理論は、次のような推論を前提にしています。

①頭部が揺さぶられることによって、硬膜下血腫、網膜出血、脳障害が生じること、②これらの症状は低位からの落下では生じず、少なくともある程度の高さからの落下(例えば3メートルなどと言われます)か交通事故などによらなければ生じないこと、③これらの症状が生じてから赤ちゃんが意識を失ったりするまでの時間は短時間であり、意識清明期はないこと、従って最後に赤ちゃんと一緒にいた者が揺さぶりの「犯人」であること、などです。

しかし、SBS理論に対しては、すでに1990年頃から疑念が呈され始めていました。そして、上記のようなSBS理論の前提に対しては、科学的な観点から批判が向けられているのです。 Continue reading →

日弁連スウェーデン調査報告書が公開

スウェーデンでは、2014年11月、最高裁判所が、SBS理論に十分な医学的根拠がないとして、SBSで訴追された被告人に逆転無罪判決を出す、という出来事がありました。

日本弁護士連合会は今年8月、スウェーデンの刑事司法制度とSBS(揺さぶられっ子症候群)をめぐる議論状況を調査を行いました。このプロジェクトのメンバー数名も調査団の一員として、調査に参加しました。

このたび、調査結果をまとめた報告書が、日本弁護士連合会のHPに公開されました。下記URLから、PDFファイルとしてダウンロードできます。

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/publication/booklet/data/sbs_gironjokyo.pdf

報告書には、スウェーデンにおけるSBS問題の議論状況とともに、SBSの冤罪被害者のインタビューや、SBS問題に取り組む弁護士や医師からの聞き取りなどがまとめられていて、現在のスウェーデンにおけるSBS問題の現状を手短に理解することができます。

ぜひご参照ください。

スクワイア先生、TEDトークに登場

講演会イベント”TED トーク”は日本でもテレビなどで紹介されており、ご存知の方が多いかもしれません。

そのTEDトークイベントに、イギリスのウェイニー・スクワイア博士(Dr. Waney Squier)が登場しました。

ウェイニー・スクワイア博士は、オクスフォード・ラドクリフ病院(オクスフォード大学メディカルスクールの教育専門病院です)の神経病理学上級専門医です。脳発達の病理を専門とし、査読付雑誌に100以上の論文を掲載しています。特に乳幼児の突然死の病理について研究してきた、世界的にも著名な神経病理学者です。

スクワイア博士は、もともとSBS理論の支持者でした。しかし、研究を進める中で同理論に疑念を持ち、2000年代以降、同理論を批判的に検証する論文を多数執筆しています。また、子どもを揺さぶって虐待したとされた事件で、被告人側の専門家証人として、証言台にも立って来られました。

トークに向けたインタビュー記事で、スクワイア博士はこのように発言しています。「揺さぶり理論によって『子どもを虐待した』と誤って追及される保護者がいなくなれば、とても穏やかな気持ちになると思います」。

2月に開催される国際シンポジウム「揺さぶられる司法科学」には、スクワイア博士をお招きしています!

2018年2月10日京都にて国際シンポジウムを開催します

画期的なシンポジウムです。

https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-995.html

何が「画期的」なのか。以下の二点をご覧ください。

第一に、医師と法律家が共にSBS理論について議論する場は、(少なくとも公開の場は)日本ではこれまでに存在しませんでした。

第二に、複数の専門領域の医師が、SBS理論の科学的信頼性を特に論じる機会は多くはなかったと伺っています。

本シンポジウムには、複数の専門領域の医師と法律家が共に参加します。

豪華なパネリスト

本シンポジウムは、単なる議論の場を提供するだけではありません。

まず、国外からは、SBS理論の科学的信頼性について問うてきた著名な医師と、SBS事件を担当した弁護士を招きました。

次に、国内からは、SBSについて日本で最も深い知識を有するとされる脳神経外科医、医学界をリードしてきた法医学者、日々医療現場で臨床に携わる医師が参加します。そこに、SBS事件を現に担当する弁護士と研究者が数名加わります。(今後、異なる立場の医師にも参加を呼びかける予定です)

本シンポジウムは、「刑事司法における科学鑑定の信頼性」を追求するユニットが主催しています。ここで問われているのは、「特定の虐待の判断基準が科学的に信頼できるか否か」という問題であり、「虐待を許すか否か」ではありません。

エビデンス・ベースドな議論を志向する方、ぜひご参加ください。参加費は無料です。

お申し込みは以下から↓

https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-995.html

 

SBS(揺さぶられっ子症候群)とは?~その3(「三徴候」とは?)

揺さぶられっ子症候群の診断には「①硬膜下血腫またはくも膜下出血 ②眼底出血 ③脳浮腫などの脳実質損傷などの三主徴」(厚生労働省「子ども虐待対応の手引き」2013年)が挙げられるとされます。つまり、この「三徴候(英語で“Triad”と言います)」といわれる三つの症状がSBSの診断の際の決め手になるのです。

さて、前回の記事でお話ししたとおり、SBSの仮説は1970年代に萌芽を見せました。しかし、その理論的先駆者であるとされるカフィーは、硬膜下血腫と網膜出血にのみ注目していたのです。

それでは、いわゆる「三徴候」による診断は、いつ頃から行われていたのでしょうか。

この点は実は明らかではありません。カフィーの1970年代初頭の論文以降、1990年代後半までのいつかではないかとされています。 Continue reading →

SBS(揺さぶられっ子症候群)とは?~その2(SBS理論の起源)

SBS理論の起源は、1970年代にさかのぼります。

そもそも1960年代までは、欧米でも「児童虐待」に対する問題認識がありませんでした。

このような中、1962年にアメリカの小児科医であるケンプが「被虐待児症候群(Battered Child Syndrome)」の概念を提唱し、親による身体への虐待があった子どもの特徴を挙げました(そのひとつに硬膜下血腫がありました)。

ケンプの議論を受けて、児童虐待への対応の必要性への認識が広まり、児童虐待に対応するための法律が全米の各州で1963年以降に制定されていくことになります。子どもが養育者などから虐待されていると考えたとき、一定の職業の人たちに通報を義務づけるという内容のものでした。そして、各地で通報を受けて対応を行うための児童保護チーム(Child Protection Team)が形成されます。

さて、このような状況のもと、体表に外傷の後がない乳児の実例を分析したガスケルチ(イギリスの小児神経外科医)が、1971年に論文を発表します。頭部外傷がなかったとしても、揺さぶることで乳幼児の硬膜下血腫が生じうるのではないかという主張を内容とするものでした 。

ガスケルチの主張を受けて、アメリカの小児放射線科医であるカフィーは1972年と1974年の論文で「むち打ち揺さぶられ乳幼児症候群 (Whiplash Shaken Injury) 」の概念を提唱しました。乳幼児に硬膜下血腫と網膜出血がみられ、体表にその他の明らかな外傷がない場合には、揺さぶりによって硬膜下血腫と網膜出血が生じたと考えられる、との仮説を主張したのです。 Continue reading →