Monthly Archives: 4月 2019

柳原三佳著「わたしは虐待していない」が訴える事実の重み

(ケース1)「Hくんにはどう説明するんや、もしくは、説明しーひんのか。臭いものには蓋か!」…「警察はみんな調べてる。ハッタリや思うたら大間違いや!この9か月、あんたは自分の保身ばかり考えてたんやろけど、こちらも9か月、同じ月日が流れていて捜査してるんや」

(ケース2)「Tの頭はスカスカ。一生障害児」…「Tが障害児になったのはお前のせい。お前が蹴飛ばしたんやろ、投げ飛ばしたんやろ!」

どちらも、柳原三佳さんが出された「わたしは虐待していない-検証 揺さぶられっ子症候群」(講談社)からの引用です。これらはSBS/AHT仮説に基づいて虐待を疑われた二人の母親が、柳原さんの取材に対し、警察から受けた取調べの状況を語ったものです。時代遅れの取調べのようにも思えますが、決して古い取調べではありません。ケース1は、2015年9月、ケース2は、2018年9月の取り調べの状況です。SBS仮説による医師の鑑定を信じ込んだ警察官が、自白を強要している姿が生々しく浮かび上がってきます。このような取調べの実態が明らかになるのも、柳原さんが、丁寧に当事者の声を取材し続けたからにほかなりません。生の声が持つ重みを改めて考えさせられます。そして、えん罪被害の不条理さを私たちに教えてくれます。是非、多くの人にお読みいただきたい一冊です。

ところで、この本にも何度も言及がありますが、SBS仮説に基づいて鑑定意見を述べる医師の方々にも、考え直していただきたいことがあります。

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米国の2つの重要な裁判例について(2)

《(1)のつづき》

3.カバゾス対スミス事件判決について

(1) つぎに、カバゾス対スミス事件における連邦最高裁の判決について見てみましょう。

 溝口医師の解説には、次のような指摘がありました。

〔SBS検証プロジェクトが〕「本当に中立的な立場で検証を行っているのであれば、2011年の米国の最高裁判決(Cavazos v. Smith, 565 U.S. 1 (2011))についても触れるべきである。このSmith事件において米国最高裁は「SBS否定派」のUschinski、Squire〔ママ〕、Donohoe, Bandakらの「新しい研究」を完全に否定している。」(同書「訳者による解説」375頁、強調は引用者)

 この記述は正しいのでしょうか。

(2) カバゾス対スミス事件(Cavazos v. Smith, 132 S.Ct. 2 (2011))は、次のような事件です。

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米国の2つの重要な裁判例について(1)

 溝口史剛医師による翻訳書『SBS:乳幼児揺さぶられ症候群-法廷と医療現場で今何が起こっているのか?』(金剛出版、2019年3月発売)の「訳者による解説」には、アメリカの裁判例に関する記述についていくつか誤解があるようです。

 2回にわけてこの点について指摘したいと思います。

  1. 溝口医師の記述

 溝口医師の翻訳書には、アメリカにおける2つの重要な裁判例について、下記のような記述があります。

  • 「…Audrey Edmunds事件(ベビーシッティング中に生後六ヵ月児が急変し、保育を行っていたAudrey Edmundsが有罪となったが、その約10年後に「SBS/AHTに関する医学界の進歩は著しく、これらの新しい進歩は新たな証拠となりうる」との主張に基づき再審開始決定がなされ、検察が訴えを取り下げたために釈放された事件。裁判所は “新しい研究”の新規性は認めたが、信用性まで認めたわけではない点に注意していただきたい)のような混乱を避ける意味で、このような検証は司法プロセスとは完全に切り分けて、医学的に行うことが望まれる。」(同書「訳者による解説」360-361頁)
  • 〔SBS検証プロジェクトが〕「本当に中立的な立場で検証を行っているのであれば、2011年の米国の最高裁判決(Cavazos v. Smith, 565 U.S. 1 (2011))についても触れるべきである。このSmith事件において米国最高裁は「SBS否定派」のUschinski、Squire〔ママ〕、Donohoe, Bandakらの「新しい研究」を完全に否定している。」(同書「訳者による解説」375頁)

以上の各判決について、詳細に見ていきましょう。

2 . エドモンズ事件について

 Audrey Edmunds(オードリー・エドモンズ)事件(以下「エドモンズ事件」)は、SBS/AHTに関する議論の歴史の中でも特に重要な事件です。なぜならば、SBS事件について有罪判決後に本格的に取り組まれ、雪冤された初期の事例だからです。また、イノセンス・プロジェクトをはじめとするイノセンス団体が、本格的にSBSの問題に取り組むようになったきっかけとなる事件でもありました。

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SBSをめぐるもう一つの出版-溝口医師のSBS解説

柳原三佳さんの「私は虐待していない-検証 揺さぶられっ子症候群」をご紹介しましたが、ほぼ時を同じくして、もう一つSBSに関する一般向けの出版がなされました。溝口史剛医師訳の「SBS:乳幼児揺さぶられ症候群-法廷と医療現場で今何が起こっているのか?」(金剛出版)です。これは、アメリカのSBS理論を主導してこられたロバート・リース医師が書かれた”To Tell The Truth”という法廷小説を、溝口史剛医師が日本を舞台に置き換えた翻訳をされた上、SBSの議論状況について、溝口医師の立場からの詳細な解説を加えたものです。溝口医師による解説部分は、「訳者まえがき」が3頁、「訳者あとがき」が、「訳者による解説」「追記」「さらに追記」という文章及び参考文献も含めて全文80頁に及んでいます(以下、「溝口解説」とします)。そして、溝口解説は、その紙幅の多くが、SBS検証プロジェクトの活動、特にホームページやこのブログに対する批判で埋め尽くされていると言っても過言ではありません。非常に丁寧にホームページやブログを確認して下さっていることが、よく判ります。通説化してしまっていたSBS仮説について、議論を巻き起こしたいと考えていた当プロジェクトとしても、多くの批判もいただきながら、議論が活性化し、建設的な話し合いができることは、まさに望むところです。

しかし、溝口解説は残念ながら、私たちの期待したような冷静で建設的な議論からはほど遠いものと言わざるを得ませんでした。

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柳原三佳さん「私は虐待していない-検証 揺さぶられっ子症候群」発売

このブログで何度かご紹介したジャーナリストの柳原三佳さんが、講談社から「私は虐待していない-検証 揺さぶられっ子症候群」を上梓されました。SBSをめぐる様々な状況を的確に指摘した意欲作です。当プロジェクトにも触れていただいています。是非、お読みください。