2024年11月28日午前10時30分から、大阪高等裁判所第3刑事部において、今西事件の控訴審判決が言い渡されます(201号法廷 傍聴券交付情報はこちら)。判決を前に、争点とポイントを整理しておきます(イノセンスプロジェクトジャパンの解説はこちら)。
今西事件とは、2017年12月、今西貴大さんの養子(元妻の連れ子)であり、2歳4か月だったA子ちゃんが急変し、7日後に亡くなったこと、救急搬送されたA子ちゃんに、いわゆるSBSの三徴候(急性硬膜下血腫、脳浮腫、眼底出血)が認められたことから、急変時に一緒にいた今西さんが「何らかの暴行」を加えたと疑われて、まず傷害致死罪で逮捕・起訴され、その後に強制わいせつ致傷、傷害罪も追加起訴されたという事件です。
傷害致死罪の訴追の根底には、三徴候があれば頭部に「強い外力」が加わったはずだというSBS/AHT仮説が存在します。但し、近時のSBS/AHT仮説に対する疑念もあり、検察官も、検察側で証人に立った医師も、露骨には三徴候のみによって「強い外力」があったとは主張しません。その代わり、①CTで大脳深部に挫傷性の出血が確認できる、➁やはりCTで中脳周囲にクモ膜下出血が確認できる、③解剖時に脳幹の融解が進んでいた、などとします。そして、この①~③は「脳幹に強い力が加わった証拠だ」というのです。海外のSBS/AHT仮説でも見られない「独自の見解」です。実際にはA子ちゃんのCTで①大脳深部に挫傷性の出血など確認できませんし(控訴審で検察側医師も認めました)、➁クモ膜下出血は病気で生じた場合(内因)でも中脳周囲に集まりやすい性質を持っています。そもそも挫傷は脳の表面にできるもので、大脳「深部」に挫傷性の出血ができるということ自体が不自然です。③解剖時に脳幹の融解が進んでいたことを示す写真はない上、A子ちゃんの場合、急変後7日にわたりレスピレータ(人工呼吸器)と接続されていたため、脳幹の融解が進行したとしても何ら不自然ではありません。
そして、急変直後のCT画像を見ても、A子ちゃんの脳幹に異常は見られませんし、そもそも脳幹は脳の奥にあり、外力の影響を受けにくいのです。仮に脳幹を損傷させるほどの強い外力が頭部に加わったというのであれば、その周囲にある大脳・小脳や頭蓋骨が損傷するはずです。しかし、A子ちゃんにはそのような所見は見られないのです。
他方で、A子ちゃんが急変し、その後三徴候が生じた理由は、医学的に合理的に説明がつきます。A子ちゃんは、急変後30分にわたり、心肺停止状態になり、その後、心拍が再開しています。その時点で凝固異常といって、非常に出血しやすい状態(出血傾向といいます)にもなっていました。30分もの心肺停止が続くと、脳内の血管は非常に壊れやすくなっています(低酸素脳症)。そこに心拍再開により、血流が戻ってきます(蘇生再灌流といいます)。低酸素脳症+出血傾向+蘇生再灌流という条件が揃えば、硬膜下血腫、硬膜内出血、クモ膜下出血、眼底出血などの脳内出血が生じるのは全然不思議ではありませんし、脳浮腫も生じます。イギリスで病気で亡くなった3歳児までの脳を調べた結果、7割以上に硬膜下・硬膜内出血が認められたのです(Irene Scheimberg et al. “Nontraumatic Intradural and Subdural Hemorrhage and Hypoxic Ischemic Encephalopathy in Fetuses, Infants, and Children up to Three Years of Age: Analysis of Two Audits of 636 Cases from Two Referral Centers in the United Kingdom”Pediatric and Developmental Pathology 16, 149–159, 2013)。A子ちゃんの症状もこの研究結果とピタリ整合しています。そして何より、A子ちゃんの心臓には心筋炎が見つかりました。A子ちゃんの急変は、いわゆる心臓突然死の症例であったことが裏付けられたのです。
このように医学的には、A子ちゃんが、病気で亡くなったことは明らかだったのですが、捜査機関は、今西さんがあたかも虐待親であるかのような印象を与えようとします(印象操作)。④A子ちゃんが急変1か月前に足に骨折をしたこと、⑤病院に搬送されたときにA子ちゃんの会陰部に僅か1cm程度の傷が認められたことを、今西さんの「虐待」の証拠であるとして、④については傷害罪で、⑤については肛門への異物挿入の際にできたものだとして強制わいせつ致傷で、それぞれ起訴したのです。しかし、④は、滑り台で遊んでいるときに起こった事故で間違いありませんし、⑤も日常生活でよく見られる傷にすぎません。実際、A子ちゃんの会陰部の傷は日常生活でも損傷しやすい12時の方向である上、日常生活で繰り返された傷であることを示す慢性化の傾向が見られました。そもそも肛門への異物挿入であれば、会陰部ではなく肛門の内側(肛門管)に傷がつくはずですが、A子ちゃんの肛門管に傷は認められませんでした。1審の大阪地裁は、④については無罪にしましたが、⑤については有罪にしました。捜査機関による印象操作が成功したとしか思えません。1審の裁判官の一人は、今西さんに対する補充質問の中で、「これら(足の骨折、会陰部の傷、急変のこと)、およそ1か月ぐらいの間で立て続けに起こってると思うんですけれども、そうやって1か月立て続けにこういう風にA子ちゃんにいろんなことが起こっているということに関して、今、あなたはどうお考えですか」などと質問しました。露骨に予断をさらけ出した質問いうほかありません。そのような質問を、否認して争っている今西さんに聴くことに何の意味もありません。自分は疑っているぞ、と宣言しているだけです。足の骨折についても無罪にしたとはいえ、まるで今西さんが犯人であるかのように強く疑うような内容の判決だったのです。会陰部の傷については、予断がなければとても理解できないような不合理な判断が繰り返されていました。約1か月の間に起こっているといえ、足の骨折、会陰部の傷、急変はいずれも医学的に説明がつきます。そもそも、3件は態様もバラバラで、相互に何の関連性もありません。関連するとすれば、「どれも虐待に違いない」という予断があるときだけです。
控訴審では、3年を超える審理が行われ、5月21日の結審から6か月後の判決言渡です。弁護団は全て無罪の判決しかあり得ないと信じています。