2020年12月4日に大阪地裁で言い渡されたSBS無罪判決(以下、「大阪地裁判決」)に対し、検察官は期限までに控訴せず、母親の無罪が確定しました。大阪地裁判決では、赤ちゃんに慢性硬膜下血腫という既往症があり、軽微な外力でも架橋静脈の破綻が生じ易い状態であったことが認定されています。検察官の控訴断念は当然の結論と思われますが、そもそも、このような事例で訴追にこだわった捜査機関や、その訴追の根拠になった医学的意見を述べた医師の方々には、自らの判断について十分な検証をしていただく必要があります。このブログでも、判決から窺える本件の問題点を検証したいと考えていましたが、ちょうど時を同じくして、アメリカ・テキサス州でも本件と共通する問題点を指摘する裁判(2020年12月7日テキサス州トラヴィス郡第167地裁における専門家証言の排除を求める弁護人異議に対する決定=IN THE 167TH JUDICIAL DISTRICT COURT OF TRAVIS COUNTY, TEXAS NO. D-1-DC- 17-100160 STATE OF TEXAS vs. NICHOLAS BLOUNT FINDINGS OF FACT AND CONCLUSIONS OF LAW REGARDING DEFENDANT’S MOTION. EXCLUDE EXPERT TESTIMONY。以下「テキサス決定」)が出されていました。内外の2つの裁判は、虐待認定の在り方について、重要な問題提起をしていると思われます。以前にこのブログで触れた日本小児科学会の見解にもかかわる問題です。少し詳しく検討してみたいと思います。
大阪地裁判決によれば、赤ちゃんの急性硬膜下血腫について検察側証人の小児科医であった丸山朋子医師は、裁判の中で「内科的な疾患が考えられないことから,何らかの強い外力が働いたと考えられるが,眼底出血がありつつも骨折等の外傷がないことを踏まえると,強い力で前後左右に揺さぶられるような力であったり,表面が傷つかない形での柔らかいものに何度も頭をぶつける形であるとかいうような外力が働いた可能性が高い旨説明しつつ、慢性硬膜下血腫の一番厚みのある部分である側頭部の架橋静脈が一番伸展されやすいが、急性硬膜下血腫のある部位はその部分と合致していないため、架橋静脈が伸展されて出血したとは考えにくい」と証言したようです。この前提となる慢性硬膜下血腫の部位についての証言が正確でなかったことも判決で認定されているのですが、ここではその点は措きましょう。ここで問題にしたいのは、「内科的な疾患が考えられない」から「強い外力だ」としたり、その「強い外力」の中味を「強い力で前後左右に揺さぶられるような力」「柔らかいものに何度も頭をぶつける形である」などとする丸山医師の論理です(丸山医師は眼底出血も根拠にしているようですが、この点は後述します)。つまり丸山医師は「内科的な疾患の除外」から「外力の程度」や「外力の態様」を推定しているのです。ここには、SBS仮説に典型的に見られる除外診断・鑑別診断をめぐる論理の誤りが隠されています。
この点を明らかにするのが、テキサス決定です。テキサス決定は、頭部外傷の事例ではありませんが、病院に搬送された赤ちゃんの後部肋骨に骨折があり、肝臓損傷も見られたことから、父親が虐待を疑われて訴追された事件において、示されたものです。父親は、赤ちゃんを入浴させていて、バスタブから出そうとしたときに赤ちゃんが急に動いたので、赤ちゃんを腕から取り落としてしまい、赤ちゃんの左側面がバスタブにぶつかってしまったと供述していました。しかし、検察側証人である2人の小児科医は、「父親の供述するような低位落下では、赤ちゃんのような肋骨骨折は生じないから、父親が故意に傷害を与えたに違いない」と供述したのです。公判審理に先立つ証拠審問手続において、2人の小児科医は、いずれも、医学において用いられる鑑別診断の方法をとり「考えうる原因を除外した結果」として、虐待と判断したと証言したのです。丸山医師の証言と同じ除外による鑑別です。
これに対し、弁護側の専門家証人であったキース・フィンドレー教授(同教授は医師ではなく、公設弁護士を6年務めた後、ロースクール教授に転じてウィスコンシン大学のイノセンス・プロジェクトを立ち上げ、その後にSBS仮説による冤罪事件の救済に当たった方です。2018年2月に龍谷大学・当プロジェクトのシンポジウムで来日されています)は、除外による鑑別について、「臨床の場で用いられる除外による鑑別診断は、患者の体内において何が問題かを探り、どのような治療がよいかを判断するためのものである。これに対し、児童虐待のケースで問題になっている外力の程度、さらには故意か否かという判断は、体外の病因鑑別論であって、両医師の専門領域を超えている」と証言しました。
フィンドレー教授が指摘する医師の専門領域について、2人の小児科医らは証拠審問の中で、いずれも物理学や生体工学、病因学について教育、訓練等を受けたことはなく、どの程度の力で、肋骨骨折や肝臓損傷が起こるのかについてのデータは知らないと認めざる得ませんでした。
その結果、テキサス決定は、2人の小児科医らが公判において、赤ちゃんの傷害について、「 事故以外の外傷である」「被告人の供述と矛盾している」「低位落下では起こり得ない」「自動車事故や複数階からの落下などの大きな力を必要とする」「その原因は専門的な鑑別診断によるものである」と証言する資格はないとして、その旨の証言を制限すると決定したのです。事実上、2人の小児科医は、専門家証人としての証言を禁じられたのと同じといえるでしょう。
注目すべきなのは、テキサス決定が、SBS/AHT仮説の問題点に触れつつ、鑑別診断・病因鑑別や専門家が陥りやすいバイアスについても言及していることです。
SBS/AHT仮説について、テキサス決定は「低位落下では肋骨骨折を引き起こすのに十分な力を発生させることができないという古い考え方は、従前『乳児揺さぶり』や関連する『虐待性頭部外傷』のケースで提示された証言と密接に関連している。この種の証言は、大統領科学技術諮問委員会や全米科学アカデミーなど、さまざまな高水準の研究によって強く批判されてきた。血痕分析、咬痕分析、毛髪分析、凶器痕分析など、かつては『専門家』の証言として受け容れられていた分野の多くが、過去10年の間に信頼性が揺らいできた。これらの分野に共通しているのは、継続的な研究により、経験的データの欠如が示され、これらの分野のいわゆる専門家の証言が信頼できなくなっていることが明らかになっていることである」とします。
また、鑑別診断について「医師が医学的知識を用いて患者の傷病を判断する際によく用いられる方法であり、症状を説明する可能性のある病状のリストを作成し、それらの病状を調査し、最も可能性の高い病状のみを残すまで除外することである。医学界は、経験に基づいた学習を通じて、適切な鑑別診断を行うために必要な臨床知識と判断力を開発する。- 診断が間違っていた場合は、患者の状態が改善されず、診断はやり直しとなる」とします。その上で、病因鑑別は「さらに一歩進んで、患者の病気や傷害の外部原因を決定するために、同じ消去プロセスを使用する。しかし、医師が適切な病因鑑別を行うことができるのは、状況が臨床的判断を発展させる経験に基づく学習を可能にする場合に限られる。決定された病因の正確性が自然にテストされない場合、医学界は否定的なフィードバックがないことを診断が確定したと勘違いしてしまう。これは、簡単に不正確な病因を永続させる自己循環的な確証フィードバック・ループを生成してしまう」としたのです。つまり、フィンドレー教授が述べたとおり、病因鑑別は鑑別診断を超えた外部的なものであるとした上で、適切なフィードバックがない限り、誤った病因鑑別が、固定的な思い込みを生んでしまうという危険性を指摘したのです。これは、このブログで何度も触れてきた循環論法の問題点そのものです。SBS/AHT仮説においては、「虐待に違いない」という確信的な診断が繰り返されてきましたが、日本小児科学会の見解からも明らかなとおり、残念ながら反証・検証がなされてきたとはいえず、適切なフィードバックはありません。SBS/AHT仮説は、まさにこの循環ループに陥っているのです。
さらにテキサス決定は、専門家が陥りがちな確証バイアスについても触れます。「確証バイアスは、『人は、好ましい仮説や既存の信念を支持すると考えられる情報を求め、それらの仮説や信念にひいき目に情報を解釈する傾向があり、逆に、それらの仮説や信念に反する結果を示唆すると考えられ、代替可能性を支持するような情報を求めず、さらにはそれを避けようとする傾向がある』場合に発生する。…本件の専門家は、被害児の負傷が意図的な虐待の結果であると最初に信じたため、確証バイアスに陥った可能性がある」というのです。
大阪地裁判決の事例に戻りましょう。前述のとおり、丸山医師は、内科的疾患を除外したことから、直ちに「強い外力(外力の程度)」や「外力の態様」まで推測しています。しかし、内科的疾患が除外されたからと言って、そこから「強い外力」を推測することには、明らかな論理の飛躍があります。そもそもテキサス決定でも問題になったとおり、一体どの程度の力で、急性硬膜下血腫が生じるのか、実証的なデータは存在しないのです。むしろ、つかまり立ちからの転倒や、低位落下でも急性硬膜下血腫を生じるという症例報告は数多くあります(いわゆる中村Ⅰ型)。本件では「慢性硬膜下血腫」が存在したというのですから、なおさら軽微な外力が問題となります。にもかかわらず、単なる除外から「強い外力」などと推測するのは、論理的に誤っているのです。
実は「外力の程度」の点は、大阪地裁判決でのもう一つの争点であった多層性・多発性の眼底出血でも問題になっています。眼底出血について、検察側証人となったのは、眼科医の中山百合医師でした。判決によれば、中山医師は、本件の「眼底出血は、網膜の前、網膜の表層(表在性)、網膜の内部にわたる多層性・多発性の出血であるところ、被害児に病気がなく、同乗する第三者が死に至るような交通事故や、即死するような大きなものが頭を直撃するような落下事故でもない場合には、その眼底出血から揺さぶられっ子症候群による網膜出血が考えられる」などと証言していたようです。ここでも丸山証言と同様、「病気」「交通事故」「即死するような落下事故」の除外から、揺さぶられっ子症候群という論理の飛躍が認められますが、その点は措きましょう。問題は、外力の程度です。この中山証言に対し、大阪地裁判決は「中山証言によっても、硬膜下血腫が存在しない子供について、多層性・多発性の眼底出血が認められた場合に,当該子供の頭部に外力が加えられたか、また,加えられたとして、どの程度の外力であったのかを、どの程度推認できるかは判然としていないとみる余地が残されているといわざるを得ない。中山医師自身、多層性・多発性の網膜出血が生じるための外力の程度について数値を計測した研究はなく、目に対する工学モデルが研究されていないと証言している。眼球内部の硝子体が網膜(ないしその血管)を牽引するほどの外力とはどの程度のものなのか、その外力が子供の頭部に加えられた場合に,脳にはどのような影響が生じるのか(硬膜下血腫や脳挫傷,脳浮腫等の症状は伴うのか)といった点については、必ずしも明らかなものとなってはいない」と指摘します。これは、テキサス決定で問題となった「肋骨骨折を生じる外力のデータが判らない」という2人の小児科医供述の問題点と軌を一にするものです。SBS/AHT仮説を主導する医師たちは、「多層性・多発性の網膜出血は虐待に特異的なものである」と強調するのですが、大阪地裁判決が述べるとおり、実はそれを裏付ける適切なデータは存在しないのです。
丸山医師も中山医師も、急性硬膜下血腫や多層性・多発性眼底出血という病態のみから、その原因行為を揺さぶりなどと推測しているのですが、これは医師の行う鑑別診断を超えた病因鑑別論であることは、テキサス決定が述べるとおりです。上記のとおり裏付けデータが存在しない上、物理学や生体工学の専門家でもない丸山・中山両医師が、適切な証言をできたとはとても思えません。
実は、丸山医師、中山医師はお二人とも、溝口史剛医師や山田不二子医師と並んで、日本でSBS/AHT仮説を主導してこられた立場です(筆者は別件ではありますが、SBSが問題とされた事例で、丸山医師、中山医師をいずれも尋問した経験があります)。各医師の先生方が虐待から子どもたちを守ろうと尽力されてきたことには、敬意を表します。しかし、虐待の防止とともに、従前の診断に誤りが冤罪や誤った親子分離につながっていなかったのかの検証も不可欠なはずです。検証の視点としては、本ブログで指摘したきた範囲でも、無罪になった事例での医学的意見はいかなるものであったのか、無罪判決はどのような判断をしたのか、医学的意見を支える証拠や医学的知見は十分だったのか、根拠とした医学的知見は十分なデータに基づくものなのか、除外診断をめぐる論理の飛躍はなかったのか、鑑別診断と病因鑑別の混同はないか、的確なフィードバックはなされてきたのか、循環論法はないか、過去の診断枠組みに拘泥していないか、確証バイアスに陥っていないかなどが挙げられるでしょう。小児科学会の見解のように、SBS/AHT仮説の維持・正当化にのみ力を注ぐのではなく、大阪地裁判決やテキサス決定の指摘をも踏まえて、ゼロベースでの検証が求められているのではないでしょうか。