2013年に改訂された厚生労働省の『虐待対応の手引き』は、児童相談所などの虐待対応の現場で使われている指導的で重要な文書であるとされています。
『手引き』は「乳幼児揺さぶられ症候群(シェイクン・ベビー・シンドローム)が疑われる場合の 対応 」についても数ページを割いて説明しています。次のようにいいます。
「SBSの診断には、①硬膜下血腫またはくも膜下出血 ②眼底出血 ③脳浮腫などの脳実質損傷の3主徴が上げられ〔る〕。……出血傾向のある疾患や一部の代謝性疾患や明らかな交通事故を除き、90cm以下からの転落や転倒で硬膜下血腫が起きることは殆どないと言われている。したがって、家庭内の転倒・転落を主訴にしたり、受傷起点不明で硬膜下血腫を負った乳幼児が受診した場合は、必ずSBSを第一に考えなければならない」(『手引き』265ページ)
「出血傾向がない乳幼児の硬膜下血腫は3メートル以上からの転落や交通外傷でなければ起きることは非常に希である。したがって、そのような既往がなければ、まず虐待を考える必要がある。特に……乳幼児揺さぶられ症候群を意識して精査する必要がある」(同314ページ)〔下線は引用者〕
『手引き』を読むと、硬膜下血腫等がある場合には、まず虐待を疑わなければならないという記述がなされていることが分かります。しかし、実は、『手引き』改訂の際の「原案」では、全く異なる記述がなされていたことが、関西テレビの上田大輔記者の取材によって明らかになりました。
上田記者は情報公開請求により、2012年10月の改訂作業当時の原案を入手しました。そこには2012年「必ずSBSを第一に」といった記載はなく、
「家庭内の軽い転倒によっても急性硬膜下出血が起こると考えられ、硬膜下出血だけで必ずしもSBSとは断定できない。…幼児については、1歳前後から歩行が始まるなど、運動能力の向上とともに家庭内での事故が起きる頻度も増すところから、虐待と事故による受傷との鑑別がより難しくなる。いずれにしても疾患か、事故か虐待によるものかの見極めが必要」〔下線は引用者〕
という記述があったというのです。この原案を作成したのは、児童相談所の職員でした。
その後、検討会にてこの原案が変更されたようです。検討会の委員には、2名の小児科医も含まれていました。
なぜ、「事故か虐待かを見極めないといけない」という原案が検討会にて「虐待ありき」の記述に変わったのでしょうか。厚労省はこの議論過程を含めて検証し、現在の記述の問題点を改めて検討する必要があるのではないでしょうか。
[…] 除外によって、その原因や行為者が推定できるかのような議論は、SBS/AHT論でも繰り返しなされてきました。「SBS/AHT の医学的診断アルゴリズム」にでてくる「三主徴(硬膜下血腫・網膜出血・脳浮腫)が揃っていて、3m 以上の高位落下事故や交通事故の証拠がなければ、自白がなくても、SBS/AHT である可能性が極めて高い」や、厚生労働省の『虐待対応の手引き』の「SBSの診断には、①硬膜下血腫またはくも膜下出血 ②眼底出血 ③脳浮腫などの脳実質損傷の3主徴が上げられ〔る〕。……出血傾向のある疾患や一部の代謝性疾患や明らかな交通事故を除き、90cm以下からの転落や転倒で硬膜下血腫が起きることは殆どないと言われている。したがって、家庭内の転倒・転落を主訴にしたり、受傷起点不明で硬膜下血腫を負った乳幼児が受診した場合は、必ずSBSを第一に考えなければならない」などの記述は、「高位落下」「交通事故」のほか「出血傾向のある疾患や一部の代謝性疾患」さえ除外できれば、原因は暴力的な揺さぶりだと推定できるかのような内容となっており、現に、従前はそのような推定に基づいて多くの虐待認定がなされてきました。しかし、三徴候の原因として、様々な内因が明らかとなり、安易な除外から揺さぶり認定などできないことが明らかにされてきています(オハイオ州の再審開始決定も参照)。 […]