すでにお伝えしたニュージャージー州の無罪判決、オハイオ州控訴審の有罪判決破棄判決以外にも、アメリカでSBS仮説の見直しを迫る裁判例が相次いでいます。
2018年4月26日、テネシー州の少年裁判所は、生後6カ月の女児に三徴候(硬膜下血腫、眼底出血、びまん性軸索損傷=DAI)が認められたという専門家の鑑定によって、若い両親(18歳以下)による虐待が疑われた事例について、児童保護当局による親子分離の申立を却下しました。この裁判では、両親側の専門家が、当局側専門家の鑑定について、びまん性軸索損傷は認められず、硬膜下血腫も血栓静脈の見間違いの可能性があるなどと指摘しました。日本でも、近時一部の小児科医らが、裁判において、脳浮腫の原因を医学的な証拠がないにもかかわらず広範な脳実質損傷があると決めつける例が多く見られます。大変参考になる裁判例です。少年裁判所は、当局側専門家の鑑定に疑問を呈するとともに、両親による養育に問題がなかったことなども指摘し、虐待について明白で説得的な証拠はないとして、児童保護当局の申立を却下したのです。
他にも多くの裁判例がでています。
5月4日、ペンシルバニア州の上級裁判所は、生後7カ月の幼児の肋骨に複数の骨折があったとして、児童保護当局による親子分離を是認した家庭裁判所の決定(日本の児童福祉法28条申立と同様のものと思われます)を覆しました。取り消し決定は、家庭法の趣旨はあくまで子の福祉あるいは利益、公共の安全に資するものであることが必要であり、親子分離の決定は、親子のつながりを維持するという最大の目的と整合的になされる必要があるとしました。そして、本件ではその骨折が当時2歳の兄の行為による可能性があること、両親には他に虐待を疑わせる事情がないこと、両親は児童保護当局の指導にもきっちりとしたがっていることなどを重視し、一審の判断を取り消したのです。日本でも、虐待の疑いがあれば、直ちに児童相談所が親子分離をしてしまう傾向があります。家庭法の趣旨も含めて参考にすべきでしょう。
8月7日、ミシガン州の控訴審裁判所は、乳児の頭部外傷について1審の有罪判決は破棄しなかったものの、1審において検察側専門家証人が、陪審員に対し、「虐待性頭部外傷(AHT)」という診断を述べたことは、故意の「虐待」による外傷を負わせたことを含意することから適切ではなかったと判示し、宣告刑について見直すように命じました。SBSにせよ、AHTにせよ、先に「揺さぶり」や「虐待」という結論を先取りしてしまっています。単なる用語の問題にとどまらない、重要な裁判例と言えます。
10月3日、メリーランド州の刑事第一審は、生後8カ月の乳児に、硬膜下血腫、脳梗塞、骨折等が認められ、SBS/AHT理論に基づき虐待で訴追された父親に対し、無罪判決を言い渡しました。この事件では、検察側専門家証人として、4名が証言に立ち、被害児の所見は虐待によるものであるなどの見解を述べました。しかし、裁判所は、弁護側専門家証人が被害児は「エーラスダンロス症候群3型(EDS)」であり、その所見は同症候群と矛盾しないと証言したことを受けて、代謝異常等の除外診断のほか、医学以外の証拠も重視する必要があるとしました。そして、父親には、暴行を振るったという直接証拠がないこと、温厚な性格であり、動機も認められないことを重視して、無罪を言い渡したのです。EDSをはじめとして、日本では静脈洞血栓症など頭蓋内出血の原因となる疾患との除外診断が十分に行われないまま、虐待だと決めつけられてしまう例が多発しています。医学以外の証拠を重視すべきとする点も含めて、日本の裁判所も参考にすべき裁判例です。
10月9日、テキサス州の裁判所は、SBS仮説に基づき死刑を言い渡されていた事件について再審を勧告しました(詳細が判明した時点で続報します)。
10月17日、フロリダ州の刑事裁判所は、SBSには十分な科学的根拠が認められないとして、陪審に対し専門家証人が「乳児揺さぶられ症候群」といった用語を使うことを制限する決定を出しました。(前述のミシガン州の判断と似ています)。
10月19日、ニューヨーク州の控訴裁判所は、児童保護当局による虐待の認定を是認した一審家庭裁判所の判断を取り消しました。この事件では、乳児に静脈洞血栓症、頭蓋内出血、網膜出血が認められ、児童保護当局は家庭裁判所に虐待であると申し立てたのです。これに対し、父親の控訴を受けた控訴審裁判所は、頭蓋内出血には外傷以外の原因がありうること、特に網膜出血については、当局側の専門家ですら原因が解明されていないと認めたこと、そして脳内の異常による二次的な原因とする医学的見解があることなどを重視しました。そして、弁護側専門家の証言は説得的で事実に基づいていることなどを指摘し、「当局は、証拠の優越という程度の立証責任を果たしていない」としたのです。これらの指摘は、日本の法廷でSBS/AHTの虐待論を主導する医師たちの議論にそのまま当てはまります。
11月2日、ニュージャージー州の刑事裁判所では、SBS仮説に基づき「虐待の可能性が⾼い」とした検察側専門家証人の供述に疑問を示す決定をだしました。この事件では、⽣後11 カ⽉の乳児に三徴候が認められていました。しかし、弁護人がSBS仮説を批判する医学文献を提出するなどして、その証言を陪審員に聞かせることに反対したところ、裁判所は「弁護側は、その診断が⼀般的に受け⼊れられているものかどうかについて疑問を差し挟むべき権威ある科学的・法的な⽂献を提出した」として、証拠として許容するかどうかを審理する特別の手続(フライ審問といいます)を始めることにしたのです。
さらに、2018年11月19日付の報道によれば、ミシガン州でSBSにより2歳児を死亡させたとして、一審で殺人罪が適用され、仮釈放なしの終身刑の判決となった男性に対し、州の上級裁判所は有罪判決を破棄し、再審理を命じました。一審の弁護人が、専門家証人を呼ばなかったことから、男性は十分な弁護を受けられていないというのが、主な控訴理由でした。検察官は、「被告人の供述は変遷しており、専門家証人を呼ぼうが呼ばないが結果は変わらなかった」と答弁しましたが、裁判官は、「もし、専門家の間に論争があるのであれば、弁護側が証人を呼ばないのは誤りである」として、破棄したのです。
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