Author Archives: AKITAMasashi

AHT事案、東京高裁でも逆転無罪判決!

2020年11月5日、東京高裁第10刑事部(裁判長裁判官細田啓介、裁判官伊藤敏孝、裁判官安永健次)は、公園で事件当時7歳の男児を投げつけるなどの暴行を加えて、急性硬膜下血腫、脳浮腫等の傷害(いわゆる虐待性頭部外傷=Abusive Head Injury「AHT」)を負わせたとして、第一審で懲役3年の実刑判決(東京地裁立川支部2019年12月3日判決)を受けていた男性に対し、AHTについて逆転無罪判決を言い渡しました。この事例でも、岐阜地裁の例と同様に検察側証人として山田不二子医師ほか1名の医師が証言し、弁護側証人として、青木信彦医師が証言しました。そして、高裁判決は、青木医師の証言を前提に、”①「 典型的にはつかまり立ちを始めたばかりの乳幼児が後ろに転倒して後頭部を打って重篤な硬膜下血腫となる『中村1型』と呼ばれる類型と同様のメカニズムが、5~6 歳の児童に生じた例がある上、A(被害児)は頭蓋骨と脳実質との隙間が大きいことが否定できず、架橋静脈の破断につながる脳の偏位が起きやすい可能性がある」という趣旨の専門家証言があり、Aの頭部に強い回転性加速度減速度運動を伴う外力が加わらなくとも本件の結果がもたらされたという疑いが生じる。本件はそうではないという立証はなく.この疑いは合理的なものとして残る。また②犯行時間とされる時間帯以前に、何らかの原因によりAの架橋静脈が破断しやすい状況が作出されており、犯行時間帯にAの頭部に強い回転性加速度減速度運動を伴う外力が加わらなくとも本件の結果がもたらされた可能性もある。こちらについてもそうではないという立証があるとはいえず、この疑いは合理的なものとして残る。したがって,被告人が故意にAに対して暴行を加えたという原判決の上記認定は前提を欠き、Aの頭部に何らかの力が加わった態様も不明であるから、被告人の過失も認定できない。”と判断したのです。低位落下や転倒のほか、内因性でも頭蓋内出血を生じうること、さらにそれらの症例が一定の割合で重篤化してしまうことは、繰り返し指摘されてきたとおりです。

 医学的所見からの虐待認定には、慎重な判断が求められていることを示しているといえます。

「日本小児科学会の見解」をめぐって-なぜ反省できないのか?

日本小児科学会が、「虐待による乳幼児頭部外傷(Abusive Head Trauma in Infants and Children)に対する日本小児科学会の見解」(以下、「小児科学会見解」)をホームページに公表されました。NHKでも詳しく報じられたようです。議論が深化していくことは歓迎すべきことですが、小児科学会見解は、結局、アメリカ小児科学会などが公表したAHT共同声明を焼き直したものにすぎません。AHT共同声明の問題点は、これまでもこのブログで繰り返し解説してきました。例えば、「SBS/AHT についてのかみ合った議論のために―AHT 共同声明を中⼼に―」「AHT共同声明」の再検討(酒井邦彦元高検検事長の論文について(5))」を是非お読みください。小児科学会見解についても、いくつもの問題点を指摘することができます。

 一番重要なのは、自らの主張に対する反省がないことでしょう。小児科学会見解は、AHT共同声明を引き合いにして「AHTの診断について司法の場で重大な誤解が生じている」などと主張していますが、なぜ司法が相次いで無罪判決を出しているのかについて、全く反省が見られないのです。常に自分たちの議論が正しいことを前提とし、それに批判する主張は「医学的妥当性がない」などとして切り捨てているだけです。「正しいから正しい。自分たちの正しい主張に反する主張は誤っている」と言っているのです。いわゆる循環論法に陥っています。この循環論法であるとの批判については、小児科学会見解は、何も答えていません。

 なぜ、司法が立て続けに無罪判決を出しているのか、それらの事件で、小児科学会の医師がどのような証言をしたのか、なぜ、その証言が信用されなかったのか、検証してみること(例えば、大阪高裁① 大阪高裁② 岐阜地裁)こそが必要なはずです。しかし、残念ながら小児科学会見解には、そのような謙虚な姿勢は全く見られないのです。

 小児科学会見解は、あたかも臆することなくAHTとの診断をすることが、チャイルドファーストであり、無罪判決となることがこれに反することであるかのように読めてしまいます。しかし、誤った訴追や親子分離は、決してチャイルドファーストではありません。このことを念頭に謙虚な反省をお願いしたいところです。

岐阜地裁はなぜ無罪を言い渡したのか?-山田不二子医師証言の問題点

 すでに報じられているように、2020年9月25日の岐阜地裁無罪判決は、ソファからの低位落下という事故でも、SBS仮説で虐待の根拠とされる三徴候が生じ得ることを明確に認めました。その認定の根拠となったのは、弁護側で証言に立たれた青木信彦医師(脳神経外科医)の鑑定意見と証言です。青木医師は、アメリカでSBS仮説が信じられるようになった1984年に、英語論文で中村Ⅰ型の症例を報告し、三徴候から安易に虐待と決めつけることに対し、強い警鐘を鳴らしてきました。これに対し、検察側の証人として出廷したのは、児童虐待問題で主導的な立場にある山田不二子医師(内科医)でした。岐阜地裁は両医師の証言を聞いた上で、青木医師の「脳神経分野の専門知識、 臨床・研究経験、 頭部CT画像の読影経験」が山田医師より「格段に豊富である」とし、青木医師の供述を採用し、「これに反する山田供述は採用できない」としたのです。では、採用されなかった山田証言とはどのようなものだったのでしょうか。

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また、かみ合わない議論が…田中嘉寿子大阪高検検事の論文の何が問題か?

このブログで、酒井邦彦元高松高検検事長が当プロジェクトに言及した論文の問題点を5回に分けて詳しく指摘しました((1) (2) (3) (4) (5))。今度は、現役の検察官である田中嘉寿子大阪高検検事が、「警察學論集」という警察官向けの雑誌において、当プロジェクトを名指しで批判する論文(「虐待による頭部外傷(AHT)事件の基礎知識(上)」警察學論集73巻8号106頁・立花書房/2020年。以下、「田中論文」)を発表しました。田中検事は、同じ立花書房から「性犯罪・児童虐待捜査ハンドブック」(2014年)を出版していますので、検察庁内で、児童虐待事件の捜査を主導してきた立場と言えるでしょう。当プロジェクトの活動が、検察庁に強く意識されていることが窺えます(もっとも、田中論文は「本稿は、当職の私見であり、検察庁の公式見解ではないことをお断りしておく」としています)。しかし、酒井論文と同様、田中論文は、非常に残念な内容と言わざるを得ません。いくつか、その問題点を明らかにしましょう。

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朝日新聞フォーラム「赤ちゃん泣きやまない時」の何が問題か

朝日新聞2020年7月19日版(大阪本社)に「フォーラム・赤ちゃん泣きやまない時」というオピニオン欄一面を使った記事(以下、「フォーラム記事」)が掲載されました。その記事内容には、正直なところ驚かされました。いわゆるSBS/AHT仮説を主導してこられた医師4名の顔写真付きのコメントが並び、そのご主張が全面展開されていたのです。確かに、私自身は、朝日新聞社にも編集権があり、そのような立場の方の意見だけが掲載されることは、それだけで不公平だとは思っていません(もっとも、私もこれまで様々な形で報道被害に遭われた方を数多く知っており、このようなことを書くと、甘いとご批判を受けるかもしれません)。また、記事やそのコメントの中には、私たちが行ってきた批判を意識した部分も見られ、直ちに一方的な記事とは言えないと思います。しかし、これらの記事やコメントの内容は、相当問題だと言わざるを得ません。いくつか例を挙げましょう。

 まず、NPO法人チャイルドファーストジャパンの山田不二子理事長のコメントです。

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厚労省からの「回答」-官僚答弁とはこのことか…

先のブログで触れたとおり、当プロジェクトは、厚労省の「令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業」の調査研究課題32「児童相談所における虐待による乳幼児頭部外傷事案への対応に関する調査研究」の公募に対し、2020年5月25日付で厚労省に対し、疑問点や問題点を指摘した上で、これらの指摘への回答を求める申入書を発送しました【申入書の本文はこちら】。しかし、1か月経っても回答はなく、窓口となっている少子化総合対策室に電話をして回答について確認してみました。2回ほど担当者不在とのことでつながらず、ようやく最初の電話から6日後、3回目の電話で担当者と話すことできました。その担当者のお話には、少し驚かされました。

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医療判例解説(2020年6月号)にSBS特集が掲載されました-真の専門家は?

主に医療関係者向けに裁判例を解説する医療判例解説2020年6月号(通巻第086号)の特集(医事法令社)として「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」が取り上げられました。笹倉香奈教授の解説「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)とその歴史」とともに、このブログでも繰り返し触れてきた大阪高裁令和元年10月25日判決と同令和2年2月6日判決の詳細な解説を加えたものです。特に、朴永銖医師(奈良県立医科大学・脳神経外科准教授)による令和2年2月6日判決についての解説(同事件での検察側医師証人の証言の問題点はこちら)は、頭部外傷の専門医によるSBS無罪事件についての初めての解説だと思われます。

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厚労省の令和2年度「調査研究事業」公募への疑問と申入れ

厚労省の行う「令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業」の中の調査研究課題32として、「児童相談所における虐待による乳幼児頭部外傷事案への対応に関する調査研究」なるものが公募されました。公募内容をお読みいただけるとお判りいただけるかと思いますが、かなりの問題がある内容です。

公募開始は4月30日、わずか1か月の公募期間でした。5月29日(金)が締め切りです。これで、調査研究の応募に向けた検討を行う時間があるのでしょうか。

さらに、公募内容には、SBS仮説を前提とするかのような記載もあります。近年指摘されているような、SBS仮説やSBSの診断基準、特に虐待の誤認のリスクといった問題点が研究の対象となるのか、大いに疑問です。

そこで、当プロジェクトは5月25日付で厚労省に対し、疑問点や問題点を指摘するともに、これらの指摘への回答を求める申入書を発送しました。【申入書の本文をこちらでお読みいただけます

厚労省が編集した「子ども虐待対応の手引き(平成25年8月改正版)」におけるSBSに関する記述には様々な問題点があります。この調査研究事業は、「手引き」の改訂につながる基礎調査研究でもあると思われます。SBS仮説の問題点も含めた幅広い視点からの研究が行われることが不可欠です。厚労省には、科学的な視点からの研究を行うよう、求めていきます。

SBS検証プロジェクト共同代表 笹倉香奈・秋田真志

解説「SBS/AHTについてのかみ合った議論のために―AHT共同声明を中心に」を公開しました。

このブログ開設以来、SBS検証プロジェクトは、約2年半の間に多くの発信をしてきました。これまでの発信のうち、特に「AHT共同声明」の問題点について、1つにまとめた解説「SBS/AHTについてのかみ合った議論のために―AHT共同声明を中心に」SBS検証プロジェクトのホームページで公開しました。是非ご一読ください。→こちら

低位落下・転倒をめぐる勘違い-「まれ」と「起こらない」の混同

 保護者が低位の落下やつかまりだちからの転倒であると訴えている事案で、虐待通告をされた事件のカルテ記載を見たり、保護者からの話をお聞きしたりして、驚かされることがあります。医師が、低位落下や転倒ではこのような重篤な症状は「起こらない」と断定的に述べておられることがあるのです。以前にもこのブログで触れたことがあるのですが、重要なポイントなので再度述べておきたいと思います。

 確かに「乳幼児の転倒で頭骨内に重大な傷を負うこと」自体の確率が高いとは言えないでしょう。しかし、確率は低くても、硬膜下血腫や眼底出血は、低位落下や転倒でも一定の頻度で起こっていますし、そのうち一定の割合で重症化し、時として致死的となることは、繰り返し報告されているのです。 AHT共同声明でも、「極めてまれ」とは言いつつ「まれには起こる」ことを認めています(Review of the extensive literature informs us that mortality from short falls is extremely rare)。「まれ」と「起こらない」を混同することは、明らかな誤りです。このような勘違いは、低位落下や転倒の危険性を過小評価することにつながりかねず、かえって危険です。その認識を速やかに改めていただく必要があります。この点を検証してみましょう。

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